2008/11/28

[育児] 園トップ×組合×保護者の三者懇


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11ヶ月で9キロ。最近、重いよ。


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『どっこい北田辺は生きつづけた』の中には、保護者会に関する記述もありました。

保護者会の前身(?)「北田辺保育園父母の会」は、園開設後、わりと早くから活動があったようで、1950年代後半に広く盛り上がりを見せた保育所運動も経験します。その後改めて1960年に整えられた規約によると↓

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第一条 この会は、北田辺保育園父母の会といい、北田辺保育園に子どもをあずけている親、又はその他の保護者を会員とします。

第二条 この会は、会員が力を合わせて子どもの保育をよくし、明るく、ゆたかな集団保育の環境をつくることを目的とします。

第三条 この会は前条の目的のため、次の仕事をしていきます。
1 北田辺保育園の環境、設備をよくしていくこと。
2 子どもの保育について、親の意見を出しあい、安心できる集団保育をしてもらうこと
3 子どもをあずけて働くお父さん、お母さんの親睦をはかること。
4 その他子どもの保育問題を研究して働く親の生活をよくし、よい子を育てるために必要なこと

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と、言うことらしい。園の環境、設備は良くしたいよ。親睦もはかりたい。そらそうだ。

で、

最近、「園トップ×組合×保護者」の三者懇談会がありまして、ゼロ歳児クラスでの担当になった右も左も判らぬ僕も、会に寄せてもらいました。

雰囲気は、「学生自治会による大学の学長相手の団体交渉」や、「企業トップへ、多くの労基法違反を突き上げる団交」のような「対決姿勢」を示すものではなく、かと言って、保護者会役員会のような「周囲で子どもがほたえる中、お菓子食べながらな和らいだもの」でもありませんでした。「和らいだもの」だろうと僕は予想していたのですが、園や組合の発言の中に「今は交渉の場だ」という硬さを示すような態度を感じる瞬間がありました(勘違いかもしれんが)。で、そういう瞬間は笑ったらあかんのだろうが、妙に面白かったです。というか、三者の関係がいまいち判りづらい。疑問を呈すると、去年までは「保護者×園トップ」「保護者×職員組合」という組み合わせで懇談会を開いていたが、今年は三者で行ったということらしい。色々と釈然としない部分はあるのだけれど、まぁ、そのうち判るかな。

懇談会では幾つか軸となるテーマがあったのだが(害虫対策(飛び火対策)、紫外線対策(帽子)など)、まぁ、細かい点はさておき(後段の若葉の発言など参照)、興味深いと感じたのは↓の2点。

1、僕は園が、「現園長の個人商店である側面が強烈に強い」と勝手に思っていたのだが、そうでもなさそうだ。50年以上の長い歴史に裏打ちされた背景や、店主以外の思い(思惑)もあるようだ。

2、ある組合員から、「あくまでも個人的に思うことで」という前振りで「園児たちが同じ制服や帽子を被らねばならないような保育ではなく、それぞれの上衣には手作りのポケットが付いてたり、それぞれの個性が見え、尊重される保育を私は先輩保育士から引き継いできたし、引き継いでいきたい」みたいな趣旨の発言があった。

2の組合員の意見に対して僕は、「全く同意する。帝国主義的な方便は僕も大嫌いだ」と全く説明不足な返答をしたのだが^^;、保護者の「お願い」と何ら矛盾することなく解決していく糸口がそこにあるように感じた。

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あと、新参者の僕にとっては、何が「何年もかけて延々と繰り返されてきている話題」で、何が「新しい話題であり、即効性が求められる話題」なのかがよく判らないという問題が。その辺りは、近年の記録を参照させてもろて対応を考える必要があるかも。つまり、年にたった1回(!)の懇談会で何年にも渡って繰り返し話題にするも、特に状況に変化なしというテーマがあり、それを実現したいと言うのであれば、これまでとは違う別のアプローチを考えないと、どうにもならんよね、とか。

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保護者の親睦と言えば、リンゴが昔通った吹田の公立保育園では、元気な保護者が「父会」とか「母会」を企画して、担任の先生たちも交えて普通に飲み会をしてたんですが(OPの僕まで参加させてもろたり)、そういう「職員+保護者」コラボなイベントは職員が嫌がるのかなぁ。「勤務時間外まで拘束されたら適わん」とか。いやまぁ強制するわけないが、そんなことも出来るような雰囲気が出来ればいいのになぁ。

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リンゴ日記より若葉の感想

[982] わかば/57ヵ月/ 2008.11.23(日) 20:36

ライトの保育園の三者懇談会(保護者・保育園・保育士組合)が催され、青ひょんが出席した。夜の七時からだったので、とりあえず私はリンゴライトにご飯を食べさせてから、頑張って参加しようと思い立ち、遅ればせながら自転車で三人で駆けつけたら、子どもはゼロだった…(^^; 
議題は「夏だけではなく、春や秋にも外遊びのときは帽子をかぶせてあげて欲しい」という保護者からの要望が出されている場面だった。この議題は何年か前からずっと議論されているらしいのだが、平行線のまま今まで来ているということ。紫外線の害や熱中症の危険性、帽子をかぶる習慣をつけさせたいなど、保護者からの強い要望を受ける保育園は、「まだ保育士同士の中で、意見が統一できていない為、引き続き勉強して論議を重ねていきたい。」というものだった。
ではその帽子をかぶせないという意見の主だったものはなんなのかと言うと、それが今ひとつはっきりしないのだった。主な遊び場が木陰が多い、帽子をかぶせても子どもがすぐ脱いでしまう、帽子をかぶせると顔が見えない、衛生面で問題がありそう、管理が大変、画一的な赤白帽はお仕着せがましく趣味に合わない…。
 なんだろう。今までの保育方針を変更するのはものすごいエネルギーが要るということなのか。保護者とのこれまでのやり取りで意地の張り合いになってしまっているのか。それとも本当に春と秋は帽子をかぶらない方がいいという強い理由があるのかな!?
そこまで固執されると、一体誰が反対しているのかと聞きたくなってくる。保育士の統一見解が出されるまで、子ども達は紫外線や熱中症の危険にさらされたまま親はハラハラしながら待ちつづけなければならないと言うことなのかしら★

大人の趣味とか意地ではなくて、子どもの健康を第一に考えてあげましょうね。
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さて、ライトは今夜も、腹の上で夜泣いております (´・ω・`)

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[育児]『どっこい北田辺は生きつづけた』


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容赦なく立ち上がります。


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先日「すっかり虚弱体質な最近のメモ」で、『どっこい北田辺は生きつづけた 大阪市・北田辺保育園の産休明け保育25年のみのり』(戸田円八郎・戸田節子)がどっかに無いかなぁと書いた次の日、なんと、メビウス宙域に復帰されたジョニー・ライデン少佐(仮名)が、「読むといいよ」と僕に貸してくれた。

昨日の今日って、、、素早や過ぎるんですけど! ニュータイプ!

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初代園長(園丁)と主任保育士@妻による回顧録+α。

何度か読む。

ライトの通う保育園の話。僕は同じ保育園の出身者という訳ではないけれど、同じこの地域で生まれ育った(僕の父(アブジ)も同じく)。昔の状況を示す記述に興味があった。

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どっこい北田辺は生きつづけた
大阪市・北田辺保育園の産休明け保育25年のみのり
発効日 1980.03.20
著者 戸田円八郎・戸田節子
発行所 さ・さ・ら書房
発行者 新保昭治
監修・浦辺史
帯 秋葉英則


目次

第一章 北田辺の保育園づくり

一、はじめに
二、北田辺保育園づくり二十五年
北田辺の胎動期(めばえ幼児園)、財団法人北田辺保育園、新館増築と定員増

三、保育園の状況
施設・設備、職員、経営規模、父母の会、長時間保育、障害児保育、


第二章 産休明け保育の実際

一、はじめに

二、北田辺保育園の産休明け保育の概況
0歳児の集団とは、保育の基礎となる生活表、保育計画とデイリープロ

三、基本的生活習慣
挨拶、食事、排泄、睡眠

四、健康とたんれん
日光浴、うす着と服装、乾布まさつ、素足で育つ
赤ちゃん体操、赤ちゃんの平均体温、おむつのあて方と股関節脱臼、かかりやすい病気と対策

五、あそび、行事、玩具

六、発達過程でのいくつかの問題
夜泣き、指しゃぶり、左ききと0歳児、ことばの発達

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1953年01月 前身の「めばえ幼児園」開設
1955年02月 児童福祉施設、保育所として認定(40名)
1970年04月 新園舎完成(90名)
、、、
2008年   定員(120名)



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1980年に出版されたということなので、30年ほど昔の執筆になる訳ですが、その内容は色褪せることなく、言うてはることに納得する場面が殆どであった。保育素人の僕には、「今の時代にそぐわない記述」など、特に目に留まらず。「日光浴にはビタミンDも補給できるメリットがあるんですよ!」という当時の言い回しが、最近で言うと「日光浴にはビタミンDの形成ぐらいしかメリットがないよ(毎日15分の照射で十分 WHO/EHC160, 1994」という言い方になるかな? というような微妙なニュアンスの変化、時代性の反映という側面はあるかもしれない。しかし、親世代と話をする際、ことあるごとに「今と昔で、どうしてこれほど違うのか!?」(だっこするなとか、布団かぶせて暖めろとか)と仰天することが多い子育てテーマにあって、多くが納得できる内容になっていることはスゴイな、と感じた。

「 How to 子育て」な部分以上に興味深いのは、戸田円八郎、戸田節子、両氏のリアルな孤軍奮闘ぶり。ゼロ歳児保育が認知されていない時代に、その必要性から他に先駆けて実践に取り組んだ姿は、非常に格好よろし。先駆的であったという「誇り」は、多分、今の園運営にも生きているはず。また、どんどん姿を変えていく園舎の様子も興味深い。1950年代の地域史、郷土史記録にもなっている。

道路になる予定の児童公園が、園のそばにある。「ひかりのひろば児童遊園」と言う。淡白な名称が多い児童公園の中、風変わりで頼もしい。今年2008年まで、その児童公園では様々なイベントが行われきたが、大阪市の方針により園などのイベントで児童公園を使えるのも今年が最後、、、。公園を囲むように植えられていたポプラたちも、この秋、根元でバッサリ刈られてしまった。

そういう状況があったのだが、北田辺を少しは知る僕の母(地元は山坂)も、「あのポプラが切られてしまったんだねぇ。悲しいねぇ」と言ってる。な、なんと! そんなに有名なポプラであったのかと驚いていたら、本の中では、50年も昔に大阪市からの「プレゼント」としてポプラが植えられ、皆が喜ぶ描写あり。そないに長い時間を知っているポプラだったとは。後から知った話にも関わらず、刈られたことが心にダメージ大きいぞ。

あと、そういえば、「クリスマス会の「中の人の役」はゼロ歳児の父ちゃんから」、、、という話題を、先日、担任の先生から振られたのですが、その慣習も、30年前の本の中で「昔からゼロ歳児の父親に~」などと書かれてました。思わぬことが連綿と受け継がれていくんだねぇ!


以下は、浦辺史の「監修のことば」からの部分引用↓

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施設史をかくということは、時にふれたくない面もあろうし、勇気のある作業である。施設長を中核とする職員の協業と父母の協力によって営まれている保育所をダイナミックに画きだすことはすこぶる難儀なことである。民間保育所の大部分な形式は法人経営であるとはいっても、経営と管理が未分化な家族労働がみられる零細経営で、事実は個人の私経営。大部分は労働組合がなく近代的労使関係も確立していない。こうした民間保育所の中には少数であるが、「民主保育所」があり、これにも二つのタイプがある。一つは共同保育所から出発して認可保育所になったもので、創設の当初から父母と保育者が主体になって民主協力の伝統が脈打ち、父母と職員による民主運営が行われている。二つには創設者が新しい社会を展望する民主主義思想の持主であって、進んで住民の保育要求をくみとり、これにこたえようとして活動を展開しているものである。(保育所の運営について実態を明らかにしたもののうち共同保育所の歴史と実態をまとめた)「芽がでてふくらんで」は前者であり、この本は後者の典型とみることができるように思う。

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第一章で、園長の戸田円八郎さんは北田辺保育園づくりの歴史と現状を語っている

第二章で、園長夫人であり主任保母である戸田節子さんが産休明け乳児保育について自らの体験をまとめた実践記録だる。節子さんは東京の丸尾ひささんとともに乳児保育の開拓者であって、全国保問研や保育合同研の乳児保育分科会の世話人として活躍している。

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書名が物語るようにこの本は、敗戦後のスラム化した地域につくられた救済的保育園が世のうつりかわりとともに、地域もかわって働く母の乳幼児保育園として保育運動の拠点にもなった北田辺保育園二十五年の実践の重荷が感じられる本である。保育関係者、保育学生はもちろん、乳児をもつ若い母親にとってもまことに親切な育児書である。

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関連


2008/11/19

韓学同京都の文化祭でペタペタハイハイ



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ペータペタペタ~と
ハイハイハイ~!


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15年前に所属してた学生サークル、韓学同京都の文化祭を覗いてきました。

ライトは、ライトと2日違いで生まれた元気ボーイと一緒に、会場をペタペタペタ~と這いずり回りました! 楽しくて良かったね。

文化祭、ずいぶん久しぶりに立ち寄ったんだけれど、細かいことは置いといて、劇は相変わらず?長かったり(笑い)、プンムルの細かい演出とか構成が20年前と変わってないことに驚いたり、当時の誰かの思いつきなネタ演出が残っているのを見つけて懐かしい!というか、新しい変化を期待して見ているので、、、、複雑な気分になったよ。

プンムル最後には、近いOPの参加コーナーもあって楽しげだった。僕らの時代も、チェチャン(アンコール)後、各地方とか各大学のグループとか、果てはよく知らんおっさんとかが次々と入れ替わり立ちかわり「ひと踊り」披露するコーナーがありました。アピールタイム後、輪になったり入り乱れて、いわゆるティップリ( 뒷풀이)(「いわゆるティップリ」というと「打ち上げ」という意味になってしまうのかな?)でイーチェで飛び回って終了ー!! というありがちなパターンだったんだけど、いまどきの文化祭では、ティップリがなくていつの間にやら終わってしまったよ! 輪に入ることができず残念でした。

「いつの間にか隊列に入っちゃうハルモニ」とかが居てると、良かったのかなぁ。僕も、無理無理に乱入すべきだったのか?(´・∀・`) 当時はサンスェ(リーダー)のケンガリを次々に「奪いあう(!)」のが面白かったです。

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また、個人的には、YMCA会館2階で本番も開催しちゃって、近所の人とか寮生とかを呼んできてガヤガヤすれば良いのになぁ、、と思ったのですが、、、。(確かにキャパはきついけど、それなりの効果はあるんちゃうかなぁ、、、と) 

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ライト、近しいお友だちが居るとうれしいね♪

[育児] 親子、さすがに似てるかも


1人がご飯を作り続けると同じ味になるので、出来る人が入れ替わりご飯つくるようにしてるんだけど、本当に、同じようなもの使ってても味が違うよね。

で、ライトは基本的にダッコなわけですが、オンブだと料理も出来るのでは? ということでチャレンジしたけど、深くてスッポリ入るオンブひも(おんぶ袋)が無かったので、ちょっと危険な状態!(笑い

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啓子さん@母が、僕が写ってる昔のアルバムをどっさりと持ってきた。場所を取られるし実家方面に置いといて欲しいのですが。

見てみると、おぉ、ライトに似てる人が写ってる! でも、今の僕とはまったく似てない人だ。どうしたことだ。

自分自身の顔はよく判らないのもあって、息子2人を見て、どう考えても若葉にしか見えなかったんだけど、そうか、似てるんかもなぁ、、、と小さな驚き。

[育児] 北田辺保育園運動会(2)


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ゼロ歳児のコーナー




保育園サイドで撮ってくれた写真を頂きました。

実は、僕と若葉が必死で走ってる最中、リンゴは行方知れずでして。僕も若葉も、探しつつ、走りつつで少し焦り気味。

保護者リレーを終えると、リンゴ発見! パン食いで知り合った友だちと、さっそくゲットしたパンをムシャムシャしてました。隠れてムシャムシャしなさんな!(笑い

2008/11/14

すっかり虚弱体質な最近のメモ


左:久しぶりのウトロ
詳細は「京都ウトロのメモ」に

右:肺炎な僕に啓子さんがサムゲタン(人参なし)を
煮込んでくれる。でかいよ、、ありがとう

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病み上がりな体調。セキも鼻水も頭痛も無く、しかし、仕事で建築現場を回りフラフラしてると頭クラクラ来たりとそんな毎日。

僕の受験生活終了と同時に始まった若葉@妻の「早朝から夜中まで仕事びっしり!」生活も、そろそろ終わる兆し。息子2人は病気せんでよう食べてくれて安心だけど、「すっかり立上がってる!」生後10ヶ月半のライトの夜泣きが減ってくれれば僕の「ライフ」の減り様も変わるんだが、、、。

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「もぉ、これからはウナギ登りに調子が出まくりまっせ!」

と、僕はあちこちで吹聴してはいるんだけどね。

会社では、「相変わらずゴホンゴホンしてるねぇ!」と突っ込まれ、
若葉の会社でも、「虚弱体質な夫のために~」と話題にされ、
保育園でも、「父ちゃんはまだ風邪かい!」とバレバレ状態で、

よく行く定食屋で、「今日はライス普通でね」と注文するも、「おっ! 回復してきたのね♪」とか言われてる始末。(いつもは「ライス1くちサイズ」を注文)

Σ( ̄ロ ̄|||) なんてこった!
いつの間に こんなことに!!

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2008年度は、正月前にライトが生まれてバタバタし通しでここまで来た。家族4人で休日をウロウロするという「普通の日常生活」が殆ど出来なかった。今後もノンビリできる場面は少ないと思うけれど、今年ほどおかしな状況はもう無いと思われる。

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年末進行で色々なことを同時進行してます。例年だと既に「年明けカード(年の瀬カード?)」のロケは済んでる時期ですが、まだ出来てない。やりたい絵はある。がんばれ。本気で寒くなる前に写真バンバン撮らないと、、。

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16日(日)は韓学同京都の文化祭だな。あぁ、行きたい。若葉が仕事なんだな (つд`)。子ども2人担いで京都ウロウロは無理か。



本当は、土曜の友だちやら鄭暎惠やら竹田青嗣やら先輩たちが仰山出演する賑やかそうなイベント↓ を覗きたかったが、「託児ルーム」は無さげで無理! 残念だなぁ。

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そういえば、昔一緒に「民団民主化!」とかコミックバンドパッパランとか、焼肉友だちの税理士事務所のあの人が、、、、というか チホ だけど、1月に「披露宴」すると小耳に挟んだよ。いやいや、1月は急すぎて無理やろ!

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ミミちゃん@若葉母のお祝いに貴腐ワインを物色してて、なかなか良さげな物に出会わなくて、店のソムリエに相談するに、「お手ごろ感とお祝い感な甘さならアイスワインはどうか?」 という話になって、リースリングのものを購入。

10度くらいまで冷やすのか?と問うと、0~2度くらいまで冷やすほうが面白いとのこと。げげ、そんなに冷やすのか。

で、貴腐ワインの代替にはならんというか、別ジャンルな甘さという印象。最初、金柑かと思った。若葉も舐めれてちょっと嬉しいところ。

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ノーネクタイな高襟オープンシャツを探してて、、、
梅田ナビオ地下の「NARACAMICIE UOMO」。ナラカミーチェのメンズシャツショップ、ウオモ。いやぁ、カッコ良いわ。ちょっと手が届かないので、そういう感じで、誰かに裁断して欲しいのです (´・∀・`)

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時間できたら「20年ぶりに今のプラモ触りたい。何がいい?」とか、ガンプラな話をマイミクとしてて、「ザクのバリエーションが良いねぇ。 昔、バーニヤとスラスター作りまくったよぉ!(笑い」 → 「MG 1/100 ザクマインレイヤー」が懐かしさ満点! よし決まり!



「宇宙(そら)を汚さないで!(ハート) デブリはもういらん。宇宙機雷反対キャンペーン!」 とか立ち上げて、ポスター撮りで模型作ろうと脳内でスケジュールを立ててたんだけど、、、

なんと、「MG 1/100 MS-06R-1A シン・マツナガ専用ザク Ver.2.0」も出る(出てる?)のか! すまん、こっちにするわ。いつ手を付けられるか判らんけど (´・∀・`) 



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ライトの保育園のことを色々見てたら、創立者?の戸田円八郎氏の記述が目に入る。ぜんぜん知らん人。個人の思いでめっさ頑張った、、という系の人なんだろうか。いまいち立ち位置が見えない。『どっこい北田辺は生きつづけた』(草の根保育実践シリーズ 著者:戸田円八郎 戸田節子)、園の図書棚にあるのか?