2016/10/25

多様なルーツを大事にする社会を実現させたい/自己紹介 10


10★チョゴリを着る思い

 同化が好ましいとされる日本社会で、多様な生、多様な生き方が認められるには、それを目にして実感を持たない限り困難です。建築現場で多言語が飛び交うと述べましたが、それは推奨されているのではなく、日本語が望ましいという前提がある現場です。指示が通じるかどうか、仕事が出来るかどうか、ダメな仕事をやり直すことが出来るかどうかが求められており、「それぞれ一人一人の違いを認め、誰でも居ったらええ」なんて声高に言われる事はない。働く現場では二の次。でも、教育、福祉現場はそうでないはず。学校現場が多文化共生の最先端、最前線の現場なんです。それ以外ではありえない。地域の様々なルーツの大人と子どもがいることを知ることが国際理解教育であり、「だれでもおってええやん」を実現できるはず。名乗り名乗られるを、学校から地域へ、社会へ。子どもだけでなく関わる大人たちもともに成長して頑張る仲間を増やしていく、そんな多文化教育の内実を深めて欲しい。

 地元では僕のことを保育園や小学校の多くの子どもたちが「チョンヒョン」と呼びます。何年もかけて、そう呼んでねと伝えてきました。保育園、小学校行事だけでなく、町内会やお祝いごとにはチョゴリを着て参加します。チョゴリでどこでも出かけるので、いつも派手やなぁと大笑いされます。

 頻繁に差別扇動デモが開催され「朝鮮人を撃ち殺せ」と町中で言われるようになった頃、民族学校に子どもを通わせている僕の友人が「娘の代わりにチョゴリ着ている私を撃て」とチョゴリを着ました。僕も差別扇動デモが行われる度にチョゴリ姿で差別扇動デモに並走しました。盾になる、それがカウンターでした。自分がつぶれない。友だちをつぶさせない。街をつぶさせないという思いでもチョゴリを着ます。  また、民族名(僕は本名という言い方に違和感があり進んでは使いません)を名乗ること、民族名で呼ぶこと、名乗るように理解を求めることは、それまで名乗らなかった誰かや、民族名を名乗らずに生活を守って生きてきた親世代の生き方を否定することではありません。民族名で生きることや、チョゴリを着ることで、そうしない誰かをないがしろにする訳ではありません。ただ、目に見えないと誰にも伝わらないんです。子どもたちにも何も伝わりませんよ。大人の仲間を一人でも増やしたい。大人の雑談の場が減ってる。雑談をもっともっとしましょう!

 2013年の仲パレではチングドゥル趙恵美の「老若男女」をアレンジさせて頂いた歌を歌ったよ。最後に紹介。

「いち、にぃ、ハナ、トゥル、セー、ネー!
大阪に、大阪に、だれが住んでもええやん(ええやん)
大阪に、大阪に、だれでもおったらええじゃないか(ほれ)
古今東西、老若男女、踊り踊らばとにかく踊れ
西も東もありゃしねぇ 北も南もありゃしねぇ
右も左もありゃしねぇ 男も女もどっちでものーても、無国籍でもありゃしねぇ
ひとりひとりが生きてるねん。ひとりひとりをなめたらアカン
だれでもおったらええやん(ええやん)
だれでもおったらええじゃないか(ほれ)
右手あげて、左手あげて、前後にふりふり阿波踊り
えぇじゃないか、えぇじゃないか(ほいほいほいほい)
右手あげて、左手あげて、左右にふりふり朝鮮踊り
オルシグ チョルシグ!」


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★目次
0*はじめに
1*ムン 青ヒョン(ムン チョンヒョン)
2*僕のアブヂ(父)と母の出会い
3*アブヂの活動家不信
4*通称名は持たないけれど
5*民族との出会い
6*妻が知った深い溝。日本人と在日コリアン
7*子どものパスポート
8*民族学級の保護者活動にも出会う
9*だれでもおったらええやん
10*チョゴリを着る思い
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 /青ひょん

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