2010/06/30

小学校授業参観、民族学級(2)食べるリンゴが好きだったから、あと李承晩って



担任の先生、「字」うますぎっ!


→食べるリンゴが好きやから

息子@小学一年生の授業参観。見てるの割にストレスだった。あぁしんど。子どもにはもっとストレスなんやろな、ごめん。参観後は学級懇談会に少しだけ顔をだし、民族学級の参観もしてきた(2度目)。のんびりやって欲しいと思うわ。

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Q)自分のイルムの由来(意味)について書こう!!
おとうさんとおかあさんがたべるりんごがすきだったからです

名前の由来って、確かに「言えた」ほうが最もらしいんやけどな。でもそんなん、名付けるサイドの問題なんで、子どもは気にせんとき(って無責任?)。

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あと、関係ないけど『歴史学研究』868号2010年7月号。

特集「韓国併合」100年と日本の歴史学(2)

戦後日本の朝鮮史研究-近代史研究を中心に-/趙景達

ファシズムと第三世界主義のはざまで-冷戦形成期における韓国民族主義-/藤井たけし

植民地期朝鮮史像をめぐって-韓国の新しい研究動向-/庵逧由香


たけしの書いてる内容を理解したいねんけど、「なぜこれを書くのか?」という問題意識を僕が理解できて無いのもあって、追いつくのに時間がかかりそう。すまん。民族主義、ファシズムって言ってもね。色々あるよ、みたいな話や、李承晩を「反共親米」の典型と後付け的に見ずに、その思惟を追うなかで、だんだんよく判らなくなる李承晩の不可解さ(僕の表面的な読解ですよ;)、、、なんて考えたことが無かった。



6月号も面白そうだけど未読。

続きは、チャンゴいっぱい整備したよ→

2010/06/25

第42回みんなで保育・子育てを考える集会参加(2010年)、3年後「こども園(仮称)」、保護者会同士の交流

会場は大阪府立大学。美章園で乗車して「三国ケ丘駅」で阪和線を乗り継ぎ、南海高野線「白鷺駅」から徒歩10分。地下鉄「なかもず駅」から徒歩という案もあったが、やらんで良かった。保育園のみんなとは三国ヶ丘駅で合流。オトナ子供30人ぐらいの大所帯。雨だと気分も冴えないところですが、お弁当タイムに少し降られただけやった! 蒸し暑かったけど、総じて良い体験だったよ。スタッフの皆さんごくろうさまです。

  • 大保連(大阪保育運動連絡会)
    第42回みんなで保育・子育てを考える集会

    http://www.daihoren.com/


良い体験、、、良かったのはオトナだけ^^;? 会場の保育コーナーで保育お願いした子どもたちは、見知らぬ慣れない環境で紛糾!ライトは2歳児コーナー、リンゴは学童コーナーへ。ライトは部屋に入ることすら拒否。号泣。心苦し過ぎる。

「それでええ?ホンマ?預けて行っちゃう?ホンマに??」

って後ろめたさ一杯のオトナ多いよコレ。

参加者は沢山ある講座の中から好きなものを選択する。午前・午後合わせると36程テーマがある。多すぎるやろ! 僕は基調講演を少し聞いた後、各会場・各講座を覗きつつ府大キャンパスを散歩。大学生協でゲットした小腹グッズを食らいつつ1時間ほどブラブラする。途中でスタッフに連れられてキャンパス内を散歩する子どもたちに遭遇。リンゴ・ライトと顔を合わせたらマズイわ、と植裁の茂みに身を隠す。それなりに楽しそうな子どもたちの姿をコッソリ見れて、ちょっと安心。学童クラスはザリガニ釣りに勤しむも、結果はアカンかったってよ。

昼まで残り1時間弱、中山徹氏の「どうなってるの?保育のしくみ -保育連の活動交流」を聞く。中山徹氏の写真はいつも拝見してたけど、喋らはる姿は想像通りだった。違和感ない。表情に揺れが無いんやな。

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午前「どうなってるの?保育のしくみ」



僕は保育園民営化や市場化を否定しない。うちの保育園の経営陣がそっくり変わるのが、子ども、保護者、職員、地域とってイイ選択肢になるなら、それも全然アリだと思ってる。

昨日、保育園から2009年度の収支バランスシート、賃借対照表が配布された。それだけ見せられても詳細は掴めないけど大枠は理解する。僕が勤める社員10名ほどの一級建築設計事務所と大枠変わらん。園長も組合も、すぐに人件費な話題になるのはよく判る、、、あんまり言わんとこ、おこられる、、、。まぁ、ウハウハという感じでは無い。だからと言ってイベント話を正三園長と話すなかで「職員の人件費捻出できひんし、それは出来ん」と言われても、「はいそうですか」と納得する訳でもない^^; そういうたら福祉保育労分会の団交も昨日や言うてたな。

現行制度の「認定子ども園」ではなくて、文科省(幼稚園)/厚労省(保育園)とは別枠成立を目指してる幼保一体化施設「こども園(仮称)」の設置に関しては、現状では3年後施行のスケジュールがあるが、法制化の中身についてはこれからということ。介護保険や医療保険なんかの枠組みを当てはめてみると理解しやすい、、、と中山氏が説明。とりあえず今の保育園、幼稚園という枠は一旦全部壊し、とりあえず、ぜーんぶこども園にすると。その中に、福祉的な受け皿である保育所的な「こども園」があったり、教育サービスの充実している「こども園」があったり、病後児保育に長けている「こども園」があったりすると。大小様々なこども園をニーズに合わせてユーザーは利用する。いろいろな病院を僕らが利用するように、、、。

で、保育の最低基準の”撤廃”、、、自治体の弾力的な運用「可」が進む中で、色々な主体が業界に参入できてサービスや福祉を競いあえる方向が、ほんまにええことなんかな? 誰の声を聞く”改革”なんかな? 施設を利用する保護者たちの声を聞く方向が最も優先されるべきではないかな? と話を〆めはった。

とはいえ、、、

保護者の声というのが、どうなのかという話。保護者会いうて、そんなに流行ってるか言うたら流行って無いんちゃうかな。というか他の園の事情なんて判らない。今までに4つの保育園・保護者会(吹田市公立・吹田市私立・大阪市立・大阪市私立)を経験してきた僕ですが、他の保護者会が知る機会って、それこそ全保連の機関誌「ちいなか」でしか判らない。あとは地域のPTA・町内会が回覧板で回してくれる情報。

保育園サイドは保護者会はピンキリやし、幼稚園サイドは全然状況が違うからねぇ。総じて幼稚園の保護者会の取り組みってスゴイね、って感心する。僕の妹の幼稚園保護者会はめっさ活発。運動会も保護者会半分仕切ってる。各々の現場で皆さんギリギリ頑張ってて、よその園や保護者会との付き合いなんて手は回らないし、興味を持ちようが無いって状況なんちゃうかな。新旧どんどん入れ替わり多種多様なニーズに動く保護者の「声」に期待するんは無理ちゃうやろか。そういう意味で、「あるか無いか判らない保護者の声をスルーして、他業種に業界へ参入して”活性化”してもらおう」という皮算用の立ち方は判りやすい。

それでも、保護者の声が「ある」として、もうそれは「署名活動では苦労のしがいが無い」と理解しなあかんとも思う。(与野党含めて36人の紹介議員のもと請願した、全保連仕切りの国会請願署名 292 万筆は、「民主党の選挙対策な国会運営・審議時間短縮(野党的には党利党略と言いたい)」により審議されずに審査未了と取り上げられなかった、、とかな報告も大保連サイドからあった。勿論、署名活動がムダだという根拠にはならないが、そのことが与党に対する批判材料にされてる感じを見て、逆に、もう署名ええやん、って更に思った)

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その辺の話があったので転載↓

西日本新聞の特集【「保育」どこいく 制度改革を考える】


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午後「保護者会を楽しむ方法」
~保護者会同士で交流



話は続く。
えーっと、面倒やったり魅力なければ保護者会はやらんでええやろと思う。

僕は、保護者~職員がホンネで交流したり、送迎時が楽しくなるような誘導のためにも保護者会はあるべしと考える。あんまり言い過ぎるとアカンが、行政への署名活動する時間と労力は全て「交流」そのものに費やすほうがプラスになる現場は少なくないやろ、、、と想像する。勿論そうでない保護者会もあるだろうけどね。そういうたら、うちに新入園で来はった保護者から長池幼稚園の話を聞く。おやじ達もめっちゃ活動してはる幼稚園。そんなんはとても無理!

そんなことも考えつつ、午後の保護者会同士の交流?の講座に出席。

保護者会が無い施設も増えてるようやし、「保護者会いらんやろ」って声も普通に聞かれるようになってる。うちの保護者会はバブルはじけて長い不況の中で、その内容を縮小してきたようだけど、他も同じような流れがあるようだ。「会長はくじびきになりました」「地域との縁は切れました」など、ここ4、5年にも大きな波があったみたい。報告を聞きつつ実感する。一方、運営開始して10年ぐらいの保育園や保護者会が「絶好調」みたいな報告もあって、それぞれやな、って感心する。

新金岡センター保育園保護者会、
大阪市みどり保育園保護者会、
八尾市立末広保育所父母の会

の会活動報告がありました。あれやな、全然知らん施設やけど、やっぱり面白いな。すごい参考になったよ。それぞれ担当者のメアドも伺いました。いきなり話かけてゴメンな^^; ありがとうございました。

交流会中、聞きたいこと話したいことはナンボでもあるねんけれど、僕なりに遠慮しつつ(?)質問のやりとりをしました。、、いやまぁ喋り過ぎてたらゴメン。(後で、あんた坊さん?僧侶なん?って同席者から問われた。そんなに喋りが上手やったら人生ちゃうかったってよ^^;)

もっと沢山の参加が最初あるのかと思ったら、報告サイドの3施設以外に、僕含めて3施設ぐらいで少ない感じ。でも、あれ以上参加者が多いと収拾もつかんかったかもね。あれやな、午前午後一日中、保護者会同士の交流にして欲しかったな。そういうの思ってるのは僕だけなんかな。

話題は、保護者会の組織の有り様、園・組合との関係、地域や他施設との付き合い、保護者会費、各種イベント、運動会の保護者イベント、バザー、お父ちゃん会・オヤジ会、育てる会、太鼓活動などなど。

いも掘り&BBQって定番なんやね。うちでは今はしてない。あと、どこのオヤジの集まりみても和太鼓多いね。職員はエイサーか。うーん、太鼓なぁ、あんまし気が乗らんのな^^; 誰か他の人が仕切ってくれてそれにチャンゴで乗っかるのは全然かまへんねんけど。、、、それとも、和太鼓も出来たほうがええんやろか。いやいや、無理無理、手をひろげすぎ。やはり何か他でやれんかな。

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リンゴが0、1歳時に世話になった吹田さくら保育園のシダさんにも会ったし(冊子にレジュメ書いてはる)、さくらんぼ保育園の話も聞いたし、リンゴ2歳時に世話なった吹田山田保育園のコニシさん初め何人もの職員に会えたし(冊子に濃いこと書いてはるわ)、なんや繋がってるなぁ!と思いました。、、繋がってるというか、多分、僕がその辺りに入り込んでるんやろね。そういう園の職員ってタイヘン過ぎやな。

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そういうたら学童保育で言うと、「ハートフレンド」ってやっぱし頑張ってるし、”こっち”も学ぶ面がいっぱいある。スゴイなって思う。以前はどっちか言うと「言うても”保守”やし」って、僕はそういう目で見てたけど、やっぱしそれではイカンわ。

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2010/06/24

学童保育のちらし作り、キャンプとか連絡会総会


[ image
/ album ]
2010年 学童キャンプあんない


手作り感は普段より薄めだけど、リンゴの学童保育のビラをガガガッと製作。

リソ(RISO理想科学)やザラ紙使用など、そないに上等やないコピー環境なので、いつもと手順を変える。写真は使わない。カラーは勿論、グレースケールも出ないことを前提に、最終「白黒2値」になることを頭に入れつつ描く。photoshop のカラーハーフトーン効果があれば大変では無い(グレースケールを小さい黒丸のトーン模様にしてくれる)。あぁ~、ホンマ、今のPC環境を持ったまま20年前に戻りたいわ。いや、昔に戻るなんてやっぱりイヤやわ。(どっちやねん!)

ここ何年もの間、一番使用頻度の高い手書きフォントは「みかちゃん」http://mikachan-font.com)。ほんまイイ感じやわ。ありがとう。アラビア数字で強調したい部分はやっぱり「リュウミン」。


2010年度 東住吉保育・学童保育運動連絡会(東保連)総会あんない


2010/06/18

で、法事(チェサ)の方は、それなりに。

コリアン系の法事(チェサ)の材料調達に御幸森商店街へ。最近の買物事情」の続き。

母からアブジへの「生体腎臓移植手術」から3ヶ月弱。医者が1年は大変ですよ!って説明してるのに対して、自分が信用したいものしか信用しないアブジ的には「もっとイイ数字が出るはずなのに!なぜ!?」ってなぜか思ってて、最近、薬の副作用とかストレスでしんどい気味。という訳で、チェサの買い物に最初同行する予定だったアブジも、調子の悪さに「寝とき!」って母から言われてご機嫌ナナメな感じでお留守番。

前回の「御幸森の話題」のあと、御幸森や法事について直メールを幾つも頂いた。思ったよりも反応があってびっくり。僕はバラバラと返答しながら、やはり「法事(チェサ)」には思い出も怨念も人の数ほど種類があるねんな、と。他人のチェサって割と違ってるのに、それなのに、一体僕らは何の話をしているんだろう、、とか。今回コレ書く前には何も考えていなかったのだが、次回の法事はもっと色々と個人的に記録・会話するように努めようと思う。

昼過ぎから支度をはじめて夕方には食事会。ライト食事中に撃沈。遊びつかれたね。僕はそのままライトを寝かしに自宅へ帰ってしまった。本当は、アブジに「あの話を聞こう」と色々と妄想してたのにな。何のことかと言えば、湊川高校の現場に居たアブジが金時鐘をそれほど嫌う所以あたりの話。最近複数のテキストの中でその辺の話が出てきたので、僕も、昔に漠然と聞いてた時よりはアブジの話も理解できるかな、と思ったのだがまた今度。

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3年前に「在日韓国人な法事(ほうじ、チェサ)」を書いた時よりは、法事料理の虎の巻を手に入れるなど、それなりに情報は増えているのだが、やっぱりようまとめんわ^^;


神さん(へっついさん)の葉っぱ(榊)も変えとく


今回はジイさん(アブジのアブジ)の法事でしたが、弟たちの分も一緒にと3椀並べました。オカズを並べた終え、箸の置き場を何度か替え、酒も替えつつ、そのうちお汁を出して、最後にご飯。この辺りは僕が経験した他の家のチェサでも似たような感じ。リンゴはじめ孫たちとアブジしかオジギしてませんが(一番↑の写真。僕は写真撮ってるし^^;)、まぁいいか。死んだじいさんよ!僕も気持ちはあるねん、堪忍な。

子どもたちは汗まみれで暴れまくってました。ライトは食べ始めたらすぐにバタンQ。京都ウトロで豆もやしを沢山いただいたのは覚えている様子。

親が死んだ時点で、多分僕はもう「チェサ」はしないと思うけれど、それまでは皆が楽しくなるような感じでチェサに関わろうと思っています。


ライト寝るなー

そういうたら、何度も言ってるかもしれんが、「スカラ(スプーン)」って高校生になるくらいまで「日本語」やと思って普通にお店でも使ってたわ!

2010/06/17

コリアン系の法事(チェサ)の材料調達に御幸森商店街へ。最近の買物事情

御幸森商店街(コリアタウン)にチェサの買物へ。啓子さん@母、ソンスさんに同行する。土曜日でも人が多いな。聖和社会館近所でリンゴの民族学級講師にバッタリ会った!小学生のワークショップをしているのだと。



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御幸森第二公園にチャリを止めさせてもろて、まずは「ビス(BIS千代)」へ。生鮮食品スーパー+日用品テナント屋さん。リンゴ、ほうれん草、大根、青ネギ、赤身OGビーフのブロック(串肉・ジョン用)、牛バラ(つゆ用)ゲット。あと、にしん・チョギ(조기)は塩焼き用に下ごしらえしてもらう。は近所のカナート火曜市で安くて良いのがゲット済みとのこと。「魚」と「牛」がOKなので次は「豚」。

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「豚」はいつも「ミナミ大沢商店」でゲットしている。蒸し豚ブロック 1.2kg 頂く。法事の後、残った蒸し豚を分けてもらい、少~しだけ豚キムチに炒めるのが楽しみ。

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法事でテーブルに備えるときには並べないが、キムチ類も買っとく。最近は家の近所の「オモニ食品」のものがアッサリ系で評判だが(めちゃくちゃ安い!)、折角なんで「山田の隣り」でゲット(慶州商店)。個人的にはスッパいとか塩辛いのは好きではないのでアレなのだが、、、。チャンヂャ(鱈の内蔵)とコチュジャンも。チャンヂャは柔らかくて色々入ってて美味しい! 「コチュジャン」も「昔はあそこのが良かった」とか色々あるジャンルなのだが、余り悩まずにゲット。あと「ゴマ油」もどこのがイイ(味・量)!など各々こだわりがあるのだが、前に良かった商品になかなか巡りあわないとのこと。

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あと、細々したものは「山田商店」で。明太と青のり(お供えはしない)ゲット。山田には食べたこと無いものが陳列されてたり、見る分には面白い。

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そないこだわり無いが「豆もやし」は「西島商店」で。マメ好きのライトはよく食べるのだが、口いっぱいに詰め込みすぎ。毎回ムセる!たのむわホンマ。

「山亀商店」さんで、買うの忘れてた果物もゲットしく。

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センマッコリ(生マッコリ)は「徳山の物産店(韓国物産品ギャラリー班家食工房)」で。徳山の物産店ってさすがに色々あるよね。「にっこりマッコリ」ってイードンなんだが、最近はどこでも買える。そこそこ飲みやすく、世間的にも受けがイイんだと思うが、僕、コレ、たくさんは要らん。

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「もち」はいつも「岩村食品」さん。今回もそう。「もち」って呼んでいるけれど、もち米の蒸しパンみたいなお菓子。法事では、なぜか余り人気が無い。せっかくなんで美味しく頂きたい。

商店街を東から西へ通り抜けてきて、途中、「このお店はアブジの学友が居ってね」など初めて聞くエピソードもあった。昔は「大成洋行」さんとこで、ゴマや調味料など何でも買ってんやけどね、、、など。さて、大体のところは材料は揃ったぞ。固い豆腐、卵、酒などは近所のカナートでOK。

僕もこの商店街でチョゴリを物色したり、祭の宣伝でプンムルしたりと、少ないながらも幾つかの記憶を思い出しました。

つづいて、チェサ本番
で、法事(チェサ)の方は、それなりに。へ続く)。

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追記
  1. aohyon ムン青ヒョン 一級建築士
    昨晩、大人に一番人気だったのはビス千代のそばのシンミ食品のチャンヂャ~ /


2010/06/16

寺田町でハサミ買って、汽車ぽっぽ公園で散髪


寺田町の「ヨシチュウ」で散髪用の「すきバサミ」を購入♪ そういうたら僕が中学生?のときにもココでこっそりナイフをゲットしたよなぁ。プラモ情報を読むのに小遣いためてたまに買ってた「ホビージャパン」という模型誌には、ちょうど小林源文氏の「黒騎士物語」が連載されてて、骨太の戦争漫画なもんで非道い生き死にも描かれてあったりして、怖いもの見たさで読んでたよ。こっそり読んでたのは母親も知ってたらしく「ほんまどうしようかねぇ」とか心配もしてたらしい、、、というのはだいぶ後になって聞いた。

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はさみ買ったその足で、汽車ぽっぽ公園へ。

リンゴの友達のクラスメートが何人も居ててそれなりに賑やかなことに。とりあえず目的であるライトの髪は軽やかに~。

2010/06/14

保護者会運営。保育園、昔は良かったよねって聞いてもな、困る

「保育園で泥ダンゴまつり、光る泥ダンゴって!?」 のつづき

うちの保育園、割と”伝統ある保育園”なんです。
[育児]『どっこい北田辺は生きつづけた』)辺り参照

保育園運営を知る人と話をする中で、ときどき「むかしは良かったんだけどね」という話題が出たりする。これ言われるとツライ。僕は昔の状況を知らないし「ほぉ、そうなんや」と同意するしかない。僕が保護者会会長をしようと決めた動機は、実はこの辺りにある。「良かった」とされる中身が何なのか?いまの現場でその「良かった」は実現不可能なことなのか?懐かしんでるだけなのか?時代の流れって言い方で回収しきれる問題なのか? 僕は保護者会の役割が有ろうと無かろうと、”勝手に”好きな所に顔を出して、話たい人と話しあうキャラ設定なのですが;、そこはもう「会長」という看板を利用させていただくほうが手続きが楽ちんな場面が多いので、そうさせてもらったよという経緯。

子どもが通う保育園の話するとき「昔は良かったんやってな?」、とか言われたら、「今もごっつええ感じなんやで!」って言いたいやん。やっぱし。

とりあえずこの春からずっと、本職に支障ない範囲で、参加できる全ての関連?会合に参加し、内外で園を支える人やOPと会える機会に色々と話してきた。これからもそうするつもり。さいわい長男が通う学童保育には、役員OPや歴代会長が居ったり、地域の学童保育の連絡会(東保連:東住吉保育・学童保育連絡会?)にも古い元役員が居られる。(あぁ身内ばっかしか?、と思われるかもしれないが、今年度保育園から学童保育へ進んだ新1年生は数名。保育園/学童のエンが切れても不思議じゃない現状ではある)

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保護者会のレクレーションで正三園長が、古い保護者OPの文章を引用してスピーチする。後で原稿もいただく。その中身は「保護者も頑張って頂かねば」みたいな内容(?)。当時と比較して、現状と情勢の異なることもあれば、情勢に関係ないテーマもあるでしょう。その辺の見極めをクリアにしないとね。何でも時代の流れや世代交代を理由にできる訳ではないので。

「北田辺保育園に預けて」
保護者Aさん(1982年)(部分)
...先生と、子ども中心にすえて語りあいたい。本音の話がしたい。もっと先生と交流したい。共に学びあいたい。保育内容をよくする運動を共にすすめたい。給食を改善したい。おやつを改善したい。子供をせまい園庭にとじこめたくない。手ぬきをしない保育をしてほしい。この十年間、公立保育所の父母が話しあってきたこと、、、でも北田辺ではすべてがスンなりいきそうなのです。

働く親の立場を考えて、行事はすべて夜か休日です。一ヶ月早退に苦しんだ例の「ならし保育」期間もありません。いつも心外に思っていたクーラーもついていません。真心こめた母親の料理に勝るとも劣らぬ給食です。毎日サンタクロースぐらいの洗たくものを持って帰っていたのに、汚れものまで洗たくしてあります。そして何よりうれしいのは先生方の笑顔です。最初の子どもから北田辺に預けていたら私の泣く機会はウンとウンと少なくなっていたことでしょう。

この園には「こんなにお迎え遅くなるような悪い労働条件で働くんならパートに切りかえられないんですか」と詰めよる所長さんもいません。近ごろのように最初から北田辺にポッと入れて、預けられるお母さんをみると「この人ら恵まれてるナァー」って思ってしまいます。

でもやっぱり北田辺保育園って他の保育園とは違うんです。私のように、そして、私よりももっと悪い条件のもとで子供を預け悩んでいる人がいっぱいいるんです。北田辺に入所できても、私はそのことを忘れてはいけないなって思います...

「民主的とは何か。」
保護者Bさん(1977年?)(部分)
...保母は無理解な親をも納得させられるような問題提起をしなければならない。

(1)どんな子供に育てるのか、
(2)そのためにどんな保育をしたいのか。(してほしいのか)
(3)そのためにはどんな条件が必要なのか。

懇談会では(1)(2)がほとんど常に欠けている。保育行政の欠陥は、それを是正させるための運動を推進すると同時に、現時点での最良の保育を目指さなければならない。
園・保母・父母・三者の子供観・保育観の統一が今一番求められている。それなしに互いに要求を出し合うことは、公然とあるいは表面は取り繕って陰で対立することにしかならないのではないだろうか。...


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別途懇談した保育園事務方との雑談時にも「あぁ、その文章の話ですか~(苦笑)」みたいな反応を頂いたので、そういう文章なんだろう。折角なんで後日、役員にはコピーして配布しましたが、やはり正三園長の今の言葉で、その辺りを「優しく」お話いただくというのが効果的だと思いましたよ!

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10数年前の保護者会資料を見てると、「保護者会活動」の一環として、業界団体(大保連、全保連など)との”連携”で道路公害問題からO-157まで色々と手を出してるのが判る。なんでも”連携”できる分はすりゃいいでしょうよ。でも、今の時代?というか保護者の力量や関心を考えると、まず現場や地域との関係性を重要視すべしで、運動は「専門家」に任せて少数精鋭でやってもらえばいいやん。ホンキの趣味の人はそれぞれ勝手に頑張るんやし、運動の組織化が必要だとしても保護者会が噛む必要性が判らない。僕もそのつもりで動き出しています。役所との協議の”戦術”を見てても、僕でさえアナクロに感じるものもある(嫌いではないが、それでは、疲弊して終わりじゃん)。いろいろな購読代や会費で"仕分け"が無さ過ぎるのもすごく気になる。いったん増やすと人件費など減らすのが難しいのは理解するけれど、なんでも立ち上げて潰して、立ち上げて潰せばいいと思うんよな。悪い意味で昔の「赤旗拡張(拡大)」とか「機関紙革命」みたいな無限地獄を連想してしまう。えっと、僕は赤旗を読まないが、全保連の「ちいさいなかま」「日本の学童ほいく」は楽しく購読してるよ。

大きな枠組の中で動くのではなくて「地域と繋がること」というのは、阿倍野保育・学童保育連絡会に居ったときも感じたけど、関わる当事者的には人間関係その他リアルに視野が広がってプラスなんよね。近所の子どもがどこで遊んでて、どこにどんな施設があってとか子ども中心の近所付き合いが広がる感じ。長い時間かけて新しい繋がりを模索したいなって思っているけど、とりあえずは学童保育であったり、同じ保育繋がりでどうにかならんかなというところ。うちの保育園、独立独歩でウチワな感じやからな。まぁ今の時代、他もそうなんかもしれんが。

朝夕のお迎えタイムの保護者同士や保育士との交流が、ホンネで有意義なエエもんにするために!そこをいつまでも基本に。

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学童保育を含めてこれから十数年は、ここらを中心の「僕の現場」と思って僕の人生を生きる予定。若葉は小学校PTAの学年副代表?とかに選抜されてしまって(何の事前連絡もなしに!)、おかしなことになってるなぁ、、、って感じなのですが、僕の方は小学校には「ハヌルの会」(民族学級)だけ遠巻きに関わらせてもらおうと思う。小学校PTAの総会も少し顔出してきたけれど、興味が湧かんかったなぁ、、、。まぁ、僕が判ってないだけだろうが。

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(「平成18年度以降の白書」に同じ項目は無いみたい?)

白書によると子どもを欲しくない夫婦や世帯は少数派のようだが、「実際に子どものいない世帯」50%を割り少数派になってそうな勢い。世帯主が20~49歳の「子育て世代」を代表する部分で子どものいる世帯比率は、「1970年67.4%→1980年69.4%→1990年63.3%→2000年53.2%」となっている。30代が顕著「1970年83.2%→2000年58.1%」!。

やっぱり「バラまき」困るな。この日本という国において「少子化対策」が必要だとして、少子化対策というのはそんなに難しいものなのか?バラまきでは何の対策にもなってないしな。、、、というか消費税財源で各方面よろしくお願いします。

2010/06/12

Burma VJ、カレン族、先は見えぬが叛乱は必ずある(2)

「Burma VJ(ビルマVJ 消された革命)、カレン族、先は見えぬが叛乱は必ずある」 の続き。HUちゃんのコメントを受けて、追記↓

「ヤンゴンの町を見ても日本の”援助”は全然”生かされていない”と判る。一方で、中国共産党はインド洋進出の通り道としてのビルマのインフラ整備に乗り出しててホンキっぽいよと。でも実際のところどうなっているのかよく判らない」、、、、映画トークショーにて宇田さんの報告がありました。

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少数民族(minority)/民族集団(ethnic group)に重なる話なのですが、宇田さんのカレン本の中で印象深かったのは2点。

D・タカボー「ビルマには多くの民族がいるが、たとえば、言語の違いによって民族が違うとなぜ言い切れる?西欧的な考えや価値観や人類学的な手法で我々を区別してほしくない。そうやって君たちは、自分たちの見方でカレン民族を細かく分けているが、カレンはカレンで一つなんだよ。確かに数は少ないが、我々にも我々の考え方や価値観、民族の区別の仕方があるのだよ。それを尊重してほしい。...」という言葉を受けて、宇田さん自身いまだに取材成果を発表する際に「カレン族」「カレン民族」「カレン人」、どの表記がもっともふさわしいのか迷うというのだ。

もうひとつ。

生まれ育った土地への帰還を夢見る旧世代のカレン人もいれば、タイ側の難民キャンプで生まれ育ち、ビルマに対してそれほど愛着を持っていない若い世代もいるという話。カレン人社会・カレン民族同盟は、ビルマ軍政の人権侵害・民族間の不平等政策を勿論批判するけれど、同時に、家に戻れば封建的なカレンの男女関係があり、家庭内の男女の不平等はほっとかれ、男性中心の世界であるという(そういう側面もあるということだろう)。

僕が在日朝鮮人の運動圏に長く関わる中で、常々関心があり、最も発言してきたテーマは、ヘテロでコリアンなオッサンのダメダメさであり、「日本人の皆さん協力ありがとう」という、日本人の皆さんはいつまでも協力してくれるお客さんでしかないという言い回しについてであり、在日朝鮮人圏に嫁いだ”日本人妻”の生き方についてでした。

カレンの話を聞いて、全く僕が口出しできない個別の”マイノリティ”の話があるな、と感じました。同時に、同じ土俵の上で話し合えるテーマもあると強く感じました。今後、カレン人がどう生きうるのかというテーマは、在日朝鮮人がどう生きうるのかというテーマと通じています。それは逆に、ビルマ人がどう生きうるのかと繋がるということであり、日本人がどう生きうるのかと繋がるということなんです。

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繋がってるのは繋がってるよ、あと「タフ」で無ければならないという話。

例えば「部落の解放」というテーマに関心があった者が、部落の解放の運動を主体的に担っている人々のイベントに参加してみたと。そこで非常に封建的な男女関係を目にしたよ。すると、部落問題に関心にあった気持ちまでがスーっと引いてしまい、それ以来、部落について関心が無くなったと。そういう話を何度か聞いたことがあります。

何を勝手に期待して「こうであろう」と決めつけて、勝手に身を引いてるねんと。同じ土俵で語れるテーマもそうで無いテーマもあるに決まってるやん!って話

、、、知り合いとの会話を色々思い出し、胸が熱くなりました。

僕が今、左派な保育運動の現場で過去について見聞きし調べ今の現場に繋げようとしていることも、1950年前後の在日朝鮮人運動史を思い出そうとしていることも、在日コリアンが無くなってええ共同体なんか、共同体たりうるならばどういう形でなんか、僕はその周囲でどういう人生を選択できるのか、どういう人生にしようか、どこかにロールモデルは無いのか、、、という「僕と僕の家族の話」に全て通じているんよな。そういう直感みたいなものを、このカレンの話を聞くなかで強く感じたのでした。

以上、忘れぬうちにメモっておく。

保育園で泥ダンゴまつり、光る泥ダンゴって!?

北田辺保育園保護者会(レクレーション部会)主催の「どろダンゴ祭」

ダンゴをスリスリコロコロするのはライトには無理っぽいな。4回ほど「団子の芯」を作って一緒にやろうにも、周囲の「見よう見まね」に至らず、ニコニコと団子を放り投げてしまったぞ!

リンゴは「あんまし作ったこと無いねんけどな」と言いつつも手際よく作ってて、使いこまれた「ジャージ切れ端」を「ダンゴ磨き用」にとダンゴ先生からいただきつつ、優しくツルツルしてました。

はっ!?と周囲に居ないライトを探すと、、、ドロドロの中でバシャバシャと「オレをコネてくれ」と言わんばかりな状態で発見されました(笑い

そんなに着替え無いねんけど!


ライト、どろどろくんまであと5秒

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ダンゴ先生=「どろダンゴ作りの講師」として、保育所職員でもある喜谷先生に作り方など教えていただきました。どろダンゴ業界は、一時期非常に盛り上がっていたようで、「本気で泥だんご作るなら、子ども居らんところで何時間も取り組まなアカンのですが!^^;」という前置きで、ご自身の「ピカピカ団子」を家から持ってきてくれはりました。みんなで触りまくります。

ええんか!?

「ナンバー2の泥だんごです!
 一番デキのいい団子は家で厳重に保管してます!!」


って、ナンバーワンを温存かい!せめて写真っ!!
(グラナダに戦力温存するキシリアかっ)


NO.2をみんなでなでなで


今回は「旧来のダンゴ作りで楽しもう」って感じで、マニアックに攻めるものではありませんでしたが、ダンゴ作りは奥が深そうです。「左官屋 泥だんご」で検索すると、どれだけヒットするねん!って感じです。

どろダンゴをピカらせるのには、水分コントロールが肝というわけで、「光る泥だんご」というページで紹介されている「白玉法」の内容には唸ってしまったよ。すごいね。

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白玉法(部分)
布で磨いて光り出した玉が翌日になって光らなくなるのは、まだ内部に残存している水分が後日になってだんだん表に出てきて、出来上がっている表面の皮膜の精密構造を壊してしまうからです。とすれば<皮膜づくりを終えてから水分が出てくる>という経過ではなく<残存水分そのものによって最終皮膜が作られる>ようにすればよいことになります。皮膜を2重構造にして、外側の最終皮膜は残存水分そのものによって作られるようにする。それが上級編の考え方です。


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いらんことしてたライトを救うため、駆けつけてくれはった際に、
ご自身で自分自身のピカ団子踏んでしまわれましたママ友さん(つд`)
ほんまゴメンなさい!

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どろダンゴ祭の後は、ダンゴ先生秘蔵の「クワガタ」をわけてもらったりと、子どもたち「は」と、っても嬉しそうです。

その後、「お弁当タイム ~ 自己紹介 ~ シリ相撲大会」と、楽しみつつ解散! シリ相撲の「ステージ」は、消防のオトンが丈夫なんを作ってきてくれはりました。すばらしい。


シリ相撲
酔っ払って足元フラフラですが、誰の挑戦も受けるッ!とか言いつつ
鉄山靠!(←→→P+K)

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お弁当タイムには正三園長もスピーチしてくれはりました。
その辺はまた今度↓
「保護者会運営。保育園、昔は良かったよねって聞いてもな、困る」

2010/06/11

Burma VJ(ビルマVJ 消された革命)、カレン族、先は見えぬが叛乱は必ずある

最近は学校の休み時間に何してるねん?とリンゴに聞くに
「ひとりでジャングルジム登ってるで(^^)」との返事。
他の子は何してるん?「男も女も校庭でドッジボールやってるで」
あんたはなんでせぇへんの?「そんなんえーやんー;」

ということらしいので、しばらくは余計なお世話をしようと、キャッチボール用のゴムボールをゲットして、家の前でボール投げで遊んだり。

そんな週末、『ビルマVJ 消された革命』を観に大阪十三の七藝へ。

初日のオマケ「トークショー」を古い友人であるコテツがするっていうんで、リンゴには学童やプールを休んでもらって付き添いをお願いする。学童は16:30までやし若葉は仕事やし、リンゴを放っとく訳にイカンのよ。リンゴとは一心同体ってこと。

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で、10年ぶり?ぐらいに偶然!十三駅でコテツ本人に会えたよ。嬉しかった。やっとリンゴに会わせられたわ、今までニアミスばっかりやったからなぁ。コテツは割とツルツルしてました。tweet したけど、トークショーで会場の「ビルマの今後のシナリオは?見通しは?」という質問に対して、箱田徹が
「シナリオは無い。先のことも判らない。しかし映画の通り蜂起は起こったし、必ず、そのうち前触れもなく突然「それ」は起きる!」
というようなことを口熱く応えたのが最も印象的だった。

リンゴは、「赤い坊さんが戦ってる」姿は認識した様子。

宇田さんは「外務省のウェブページにアクセスしてください。皆さんがビルマに関心がある、ということを伝えてください!」と訴えておられた。外務省の告知見ると、2010/05/28付けで「2010年中に総選挙の実施が予定されており,政治的な緊張の高まりが一般治安情勢の悪化につながる可能性も排除できません。」って書いてるね。

あと、宇田さんが話題にして、如何にひどいかっていう例で言わはった「2月,複数政党制による総選挙を2010年に実施する旨発表し,同年5月,大型サイクロンの上陸により甚大な被害が出ている中で,新憲法の是非を問う国民投票が行われ,結果,新憲法案は承認されました。」って、批判的なんか、どうでも良いのか、判別できん言い方してるね。サイクロンの甚大な被害の中、「投票率99%新憲法賛成92.4%」というトンデモ投票だったことは「当然知ってるよね?」ってことなんかな。

、、でも、この外務省のページってアクセス数とか調べてるかなぁ?^^;

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そうそう。宇田さん(というか書店?)も映画館にダンボール数個の書籍を用意して来はったら、全て売れ切れたに違いない雰囲気だった! 残念ながら僕は映画館で書籍をゲットできなかったので、後日『閉ざされた国ビルマ カレン民族闘争と民主化闘争の現場をあるく』(宇田有三)を購入したよ。

これまで”カレン族”については、何となく気にしていたものの何も知らなかった。本は面白かった。そうか「少数民族(minority)」と言わないで、「民族集団(ethnic group)」と言うようにしているのか。(←D・タカボー「君たち外部の者は、我々のことをいつも『少数民族(minority)として取り扱っているが、それはどういうことかね。絶えず『軍政に対して「少数民族」が抵抗している』と書くが、我々は単なる少数者という存在ではなく、民族としてカレンという呼び名があるのだよ』」)

後日、リンゴと読んでて、リンゴが目を止めたポイントは2つ。

1)なんでおとこのひともみんなスカートみたいなん履いてるん?
2)なんで首にいっぱいなんか付いてるん?
  <パダウンの女性が真鍮の輪をつける写真(首長族)


そうかぁ~、僕が太鼓出演のときにパジチョゴリなど着たり、友達がチマ着てるときも「なんでなん?」とか全然言わないのに、「ロンジー(巻きスカート)」を疑問に思うんか~。うーむ





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今回「赤い坊さん」の”デモ”を映画で見てて、頭の中では、1952年「吹田事件」の”デモ”のこともチラっと考えていた。最近昔の資料を再読・乱読している。世間でも1950年付近の朝鮮人や共産党の「運動史」について「調べる」のが流行ってるみたいなんで、当然、『大阪で闘った朝鮮戦争 吹田枚方事件の青春群像』(西村秀樹)なんかも多くの人に読まれて(事件性の部分だけツマミ食いされて)いるんだろうな、とか考えてた、というか、その辺の「朝鮮進駐軍?」話、書きたい話も色々あるのだが、ようまとめない。しかも、既に沈静化してるっぽいし、、

そうそう、久しぶりに十三に行って、例の、吹田事件話で有名?な「一平」を巡りたかったのだが、果たせなかったよ、、。

つづき↓

http://aohyon.blogspot.com/2010/06/burma-vj.html