2009/01/31

『夜は短し歩けよ乙女』百万遍東一条ものがたり



↑若葉@妻が何か書いておりますが、

その若葉に 「京都時代の生活圏の話やから、一読しとき」 と言われました。あと、見た目?森見っぽいマイミクおはるさん的には 「流行もんは、僕のカカリじゃ無いので読まない」 らしいという話も聞き及んでおりました。私も「本屋が薦める本って何となくイヤだなぁ」と、読まず嫌いでありました。

しかしながら時を同じくして、「週刊「太陽系をつくる」 デアゴスティーニ」 が完成までに 10 万円弱かかることにはっと気付き(!)、私には不釣合いで縁の無い代物であったのかっ! と、あきらめの胸中にむせび泣いていたのも事実です (つд`)  ぽっかり空いた心の穴を埋めるべく、カワイイと評判の売れ線京都恋愛ファンタジーを手に取ることにしたのです。

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私は学生時代、百万遍・東一条に大阪から2年間通い、プラス4年間の寮生活をその地でしておりました。そういう意味では立派な「東一条人」でありました。なるほど、『夜は短し歩けよ乙女』の舞台もピッタリ重なるようです。しかし作者の森見氏というのは私より8つほど年下のようで、ということは、同じ景色を共有している訳ではギリギリ無いようです。西部講堂が燃え尽きた後で、サークルボックスが潰されたあとで、色々な地下の景色も変わった後ですね、、。

それでも、物語を占める大層な語り口のゆえか、「新しきなかに古きを見る」ような、懐かしく確かに存在した京都の景色を感じることができました。「語り口」にはまだ秘密があろうかと思いますが、それは後述します。

『夜は短し歩けよ乙女』は、世間には「ファンタジーもの」として受け入れられてると聞きました。しかし、私の見るところ、あの時間あの周辺を学生生活の拠点としていた読者には、高い確率で、フィクションとしては読まれていないでしょう。そう、おそらく。 2、3度読んでみましたが、細部においては「確かに違っている(??)」ように感じますが、大筋においては、あれはどう読んでみても「僕(たち)が経験した話」です。

春に先斗町、木屋町で飲み歩き、見知らぬ路地で迷ったあげく、川原を原チャリで爆走するも、原チャリに乗ったままぶっとび色々大破。痛くて苦くてゲロ味のマズイ思い出。

夏の下鴨神社の「納涼古本祭り」では、暑さと汗で朦朧となりながらも、本との胸踊る再会、あの人にも再会! これって暑さで幻覚? さぁどうするよ、汗と涙と砂ホコリ満載の夏の思い出。

秋の11月祭(学園祭)シーズンは、、、。  、、、。 ん? あれ、、? どうも、秋の描写は、「むんちょんひょんマンガ祭り」で観た『ビューティフルドリーマー』『未来少年コナン』や、「新宿梁山泊」のドタバタ劇が、虚実交えて記憶と化しております、、。

冬は、、、冬の一人暮らしの風邪は本当に辛い! 狭い部屋で、風邪にむせながら布団に包まり、「あぁ、このまま、ひとりで眠るように死んだって、誰にもわからないね。なんて、ちっぽけなんだろう!」 と泣きながら咳き込んだ思い出。

『夜は短し歩けよ乙女』には見事に、あの時の「僕(たち)の気持ち」「僕(たち)の台詞」が詰まっております。

、、、。

と、
そんなアホウな妄想が可能なのは、『夜は短し歩けよ乙女』に確実なリアリティが存在するからです。それは、百万遍周辺に生きた者には暗黙の了解で認識されることなのです。

何か? それは、私が「京大弁」と呼ぶ”ひとつの方言”が、『夜は短し歩けよ乙女』において、生き生きと描かれているという事実に立脚します。(別に同志社弁でも、立命弁でも、百万弁(!)でも良いのだが)

京都には様々な地域から学生などが集まります。それぞれが、それぞれの方言で語らえば良いのですが、「語り口」と言うのは伝播し伝染し移ろいゆくものでありまして、勤勉な読書家の(?)学生たちの共通の「語り口」が「文語調」「劇台詞調」になるのは必然なのであります。

物語の中で仰々しい語り口が展開されますが、それは、確かに、現実の百万遍周辺で語られる、語られたであろう台詞なのです。

京都、特に大学周辺は、関西にありながら、”関西弁”を話す者が少数派であり、口語調ではない舞台台詞のような語り口、すなわち、私が言うところの「京大弁」が多数を占めておりました。とりわけ大学周辺において、興奮してきたり! 勢いが増してきたり! 地下に潜るときなどは! どういう訳か、京大弁を話す私に気づくのです。

説明台詞っぽい言い回しが好まれましたが、何より、短い端的なフレーズにおいても、京大弁は発揮されたものです。

「なーにー?」
「なんだとー?」
「はっはっは、ざまぁみさらせ!」

最近ではクールポコ状態、、、とでも言うのでしょうか?(←言わない)

普段、フィクションの中でしか聞き得ないような語り口が「路上」を占めるのです。「文語調」の「寸劇」への参加を、軽く強要される雰囲気があると言っても良いでしょう。私は普段、河内弁に近い大阪弁を話しますが、大阪弁を話す者というのは、どこでも大阪弁を話そうとするものでありまして、ゆえに、より一層、「京大弁」を話す役どころを軽く強要される際の、恥ずかしいような、気持ち悪いような、なんともいえない気分のことを、私は未だに忘れることができないのです。

また、逆に言えば、「文語調」「劇台詞調」の言い回しというのは、いかにもフィクションでしか通用しない方言であるよう認められるのですが、いざ舞台を京都、例えば百万遍・東一条に限定してしまと、いきなりリアリティのある「現実感を指し示す表現」と化すのだ、とも言えるでしょう。

ファンタジーとして読まない立場もありうる部分が、『夜は短し歩けよ乙女』全体の魅力を増しているのでは!? それを伝えんがため、以上、元東一条人が書きました。



そうそう、なんとか来年も会館に居れるようです<ハナットン京都

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物語中に過去の物語の名前が色々出てくるのですが、もっと出てきてもよさそうなSFジュブナイル方面では『飛ぶ教室』ぐらいしか目に出来なかったのが残念でした。下鴨神社の古本祭り、本当に懐かしいなぁ。そういえばカナファーニも復刊するんだってね。でもね、でもね、「春画」は正直、物語で語られるほど、皆の心を掴んで離さないネタでは無かったように個人的には思います。学生ってオトナやで! 物語のオチの一つとして「春画」が使われてるのが、、、読んでて気分乗らなかった。確かにどこの古本屋でも置いてたりしたんだけどね。「春画、あっそう、ふーん」で終わりな気がする。それよりも、例えば”昭和”の『エロトピア』、官能劇画誌群をカワイク取り上げてほしかったなぁ、、などと思ったり。

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本文と余り関係ないような気もしますが、
僕が東一条に住んでたときの寮の部屋です。
1995年撮影。
もっとイイ写真があったように思うのですが、見つからない、、。

2009/01/29

[散歩・育児] 大阪水都2009~巨大砂場←東京静脈(TOKYO VEIN)


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1995年夏の撮影。僕は半パン。
例のアニメで爆撃された東京日本橋です。
この写真、僕がデモとか中央決起でしか東京行ってなかった頃、
初めて、パソコン通信のオフ会でコミケやら
「東京川巡り」やらを 楽しんだ時の写真だよ。
そうそう、この写真撮ってる僕の脇には
OLDPINK 佐藤さんという人が立ってました。
おーい、どこで何してますかね?


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↑の京橋に住んでた頃の写真日記に書いてましたが、僕は、「川めぐり」「橋くぐり」が大好き。押犬の『機動警察パトレイバー2 the Movie』で雪の舞い光る冷えた夜に、南雲と柘植が『東京静脈(TOKYO VEIN)』にて密会を試みた場所辺りには、当然のように雪の日にフラフラ~っとボーっとなる程には行っとるぐらい「町と川の関係」が気になってます。

で、「水都大阪2009」です。

そう、例の、橋爪紳也が関わってたり、平松市長や下妻関経連会長に橋下府知事が”たしなめ”られたりしたアレです。橋爪を「例の」などと意味深に言うてしまいましたが、僕と何の接点も無いながら、妻や近い友人たちが大学や党派辺りの人脈でなぜか何度も名を出したりするので「だから、橋爪ってダレやねん?^^;」って言う機会が多いのよね、、、っていう個人的に「例の」って感(以下略)



で、町の川辺とか、ごっつい気になるくせに、「水都大阪」には特に興味もなく、普通に注目してなかったんですが、、、。というより、行政主導のイベントは”排除の論理”が働くことが多いので 「何事もなく無難に行っとけよー」 と無関心を装って遠くで唱えてました。でも、保育園のイベントで笠間浩幸氏の話を聞いて、ちょっと気が変わった。

「水都大阪」中之島会場の一角の「巨大砂場遊びゾーン」に氏が関わってて、大々的に砂山遊びを繰り広げる予定があるそうな(市民参加プログラム採用?)。行政イベントに携わって、色々引き出して頑張るというのは「ほんまエライなぁ」、、、と思い、 「子どもと一緒にぜったい遊びに行っちゃうよ!」 と伝えたが、そうでなくても保育園から行きそうだよな。

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笠間氏は、もともと、僕の保育園友だちなマイミクの、「土団子・どろ団子」方面の知り合いらしいのですが(?)、

その笠間浩幸@同志社女子大学教授が、ライトの保育園に何の話をしに来たのかというと、「子どもの遊び」「世界の砂場の歴史」という前振りから、「砂場サイコー!」「子どもと言うか、大人が(も)砂場で遊ぶべし!!」という話を、サンドアートに使うらしい建築工事の左官道具片手に叫びに来たという話。いえ、叫んでは無いか。とても穏やかで、優しい喋りの方でした♪

砂場の歴史にはアンパンマンで有名なフレーベルの名前も出てきて(アンパンマンというか、その元ネタの「積み木」のフレーベル氏のことだが)、なかなか面白かったです。

個人的な興味でいうと、リンゴの前の保育園が「砂場の水ハケに悩んで」いたことが念頭にあったので、保育園や公園の砂場のメンテをどうしてるのか? 砂はどこのどういう砂をどういう割合で使うのが流行りなのか? ってな辺りだったんですが。とりあえずお伺いできた範囲では、笠間さん的には、「「この土!」って訳では無いが、園芸土を 4.5mm のフルイにはかけてもろたり、、」とのこと。まぁ、そうだよねぇ。サンドアート的にも粒が揃ってることは必要不可欠とのこと。

氏は「釧路市こども遊学館」の1階「さんさんひろば」という屋内砂場(国内最大規模約137平方メートル)の設計にも関わってはったそうで、面白エピソードを聞かせてもらいました。



ちなみに、釧路市こども遊学館の屋内砂場は、原則「土足禁止」。砂場に入る手前で靴を脱ぐ。平面的に段差が無いが、砂場と共用通路は、側溝+グレーチングで縁切れされており、土足に付く「ちょっと汚いかもしれないもの」の浸入を防いでいるとのこと。また、砂槽の底は勿論水勾配は付けてて、深いところで600mmあるんだってよ。

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笠間さんから「今度どこかの砂場で会うときまでの宿題!」を頂いておりまして、「韓国には砂場が無いってホント?」って話。いや、知らん^^; でも、どうなんだろね、僕が行ったソウルのパゴダ公園(タプコル公園)には、おっちゃんおばちゃんは居っても、砂場は無かったかもしれん。いや、「遊具」置いてるような公園には行ったことないから判らんぞ! 誰か知らんかね? 

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そういえば、僕が幼い頃はドロ団子は殆ど作らなかったように記憶するけど、砂山で水路作って、水流して~、、、という泥遊びは大好きだったなぁ!

うぅ、しまった。
今の今まで、そんなことすっかり忘れてたぞ!

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2009/01/28

[カード] カード作りメイキング(住所面、レイアウト枠・背景)



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書きたいメイキング部分に全然至らないので^^;、「段取りの順番」とは関係なく、思いついた部分を書くことにする。

「郵便物」の場合、「あて先を書く面が表」で、そうで無いほうが「裏」、、やねんなぁ。僕の今までの表記も、、、全く一貫してないぞっ!! とりあえず、それが”正しそう”だな。

カード作るときは、いつも「大きな写真(写真面・裏面)」のラフスケッチから始めるのですが、ロケ、写真撮影をとりあえず終えた後にまず取り掛かるのは、住所書いてある方(住所面・表面)の、「レイアウト枠」です。

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最近の住所面


上記「住所面」の、「レイアウト枠」というのは↓


↑の辺りのことです。

今回(ver2008.12-2009.01)は、「クラフト感(!)」を全体に求めていたので、保育園のネームタグ付けで活躍中の new アイテム、ブラザーミシン 「イノヴィスN80α」に刺繍してもらう。搭乗パイロットは、経験値高めの若葉。刺繍する下地は、リンゴライトの「元おしめ」


思ったよりも、かわいく出来たので満足。

もともと、「色調」は撮影後にPC上(フォトショップ等)で変更しようと思ってて、糸の色も適当に選んでたんだけど、今から思うと、もう少し厳選してやったほうが、後々のコントロールしやすかったかもしれない。というのは、思ってたよりも、「刺繍」ってデコボコがあって濃淡があって細かい。ボケると見えないしアンシャープかけるとジャギーに見える、、、という訳で、単純に「色変更」がし難い題材でした。

さて、「イノヴィスN80α」ですが、購入当時どのミシンにするかで、かなり、若葉とすり合わせした記憶あり。壊れやすいと言われる「刺繍ミシン」の中でも、よう売れた汎用機で、機能が少なくて安いの、、、を探しました。「刺しゅうデータのダウンロードサービス」は未だやってないですが、これからの活躍も期待される道具です。僕はまだ殆ど触ってないので、これからが楽しみです。作らなあかん衣装は幾らでもあるからなぁ(´・∀・`)

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ちなみに、一年前ライト誕生前後のカードの背景には、名前を書いていたんですが↓


左が、出産直前の名前が未決定だった「2007.12」発送分のカード背景。右が、ライトに決定後「2008.02」発送分の背景。

出産前後の2枚のカードで1組っぽくしたかったので、色々悩んでたんです。「2枚合わせて、光ったり、泣いたり」するのを最初は考えてたんですが、二百数十枚作るには、やはり出費が、、、というわけで頓挫。

そのうちチャレンジしたい。

で、1枚の背景のうち「上半分を生まれる直前」「下半分を生まれてから」使ったわけですが、生まれる直前には、ライトの名前がまだ決まってませんでして、「たぶん、これになるんだろうなぁ」と想像していた「ムンイチゴ」表記に実はなってました! (´・∀・`)

ちなみに、「MOON LIGHT」のフォントは、フリーフォント「Lithograph」を拝借させてもらう。周囲の「草飾り」は見た通り3次元的な処理は一切なしの、フォトショップ標準装備な「草模様シェイプ」に、レイヤースタイル「ベベル、エンボス、グラデ」を付けて、同じものを複数用意し、「ドロップシャドウ、ガウスぼかし」を適当にかけて、それぞれマスクレイヤで部分的に使用した、、というもの。

ライトの名前については↓辺りを参照。



2009/01/26

[散歩] 保育園の文集の原稿

ライトの保育園では毎年この季節に文集作りをしてまして(保護者中心ですが^^;)、うちの原稿と写真↓↓


ご は ん ま だ ~!


「ムーンライト」
ばらぐみ ★ 苅谷若葉



無数の星の中からリンゴ兄ちゃんのおうちに降りてきてくれたライトロボーイ。若葉も青ひょんもとっても楽しみにしていたんだよ。特にリンゴ兄ちゃんは可愛い弟が出来て大得意!

お風呂に入るのも寝るのも、なんでもライトと一緒にしたいのです。ライトもそんなリンゴが大好きで、近くにいるとニッコリ。手足をバタバタさせて、はちきれそうに喜ぶよ。

生後5ヶ月にして保育園デビュー。若葉は体からちぎれて出来た赤ちゃんと離れるのがとっても淋しいなぁ…と感傷に浸るヒマもないまま、ライト顔面マダラ模様の一報を受けて会社から急行!

なんとミルク(牛乳)アレルギーが発覚。続いて卵アレルギーも…。

その日より、家中から牛乳と卵が消えたのだった。妊娠時以上の摂生生活。ライトが食べられないなら、家族みんなも。運命共同体だもんね!?

(栄養補給は外でして来てね。) その後、なんとか1歳目前にして牛乳は解除になったよ。卵もきっともうすぐだね。

「次男なのに贅沢やな!?」と喜谷先生を苦笑させるほどの気難しさとこだわりを見せた保育園に入った当時、どうやらずっと抱っこ抱っこと泣いていたもよう。「先生、もしかしてライトは一番あかんたれなんじゃないですか!?」と聞くと「うーん、そうかも~笑」だって。(*_*)

すいません、苦労かけました。ほんとに。ふたりめはラクって聞いてたのになぁ。リンゴよりよっぽど手がかかるじゃぁないか。家でも何をするにも離れられなくて、下に置けなくて、いつでも一緒。抱っこひもに入れた状態が標準装備のようになっていた。でもコロンと腕の中に収まるように体を預けてくるのが愛しくて、気がついたら抱っこしてしまうのだった。こんなときもあと少しだし、めいっぱい楽しもう。

離乳食もアレルギーも毎日の生活も、どんなことでも優しく丁寧に相談に乗ってくれる大橋先生。生活表のコメントがいつも面白い嶋本先生。私には困難でたまらない寝かせつけもお手のものだった栗山先生。ひとりで子育てしていたら不安で乗り越えられなかっただろうけど、先生達が一緒になって考えてくれて、大事にしてくれることが本当に心の支えになっています。また、毎日いそがしくバタバタしながらだけど、いつも元気な姿を確認し合うばらぐみの可愛い赤ちゃん達。保護者の方たちと一緒に成長を喜び合えるのも本当にありがたく幸せなことだと思っています。

最近はニコニコご機嫌なライトさん、美味しいものいっぱい食べて幸せに暮らそうね。




さ ん ぽ



「腹筋ライト」
ばらぐみ ★ ムン青ヒョン(ムンチョンヒョン)



他の赤ちゃんがそうであるのと同じく、ライトもメッチャ祝福されて生まれてきたんよ。その時を待ちかねて、待ちかねて、待ちかねて、、、ようやくライトが生まれて、僕たちはとっても嬉しかった♪ やったー! 生まれてきてオメデトウ! みんなオメデトウ! ごくろうさま! って。出産予定日は元旦だったけど、実際のところは年末28日に会えたね。そのおかげで、正月は家族4人のんびりウチで過ごせたね。

もうすぐ5歳になるリンゴ兄ちゃんも、ライトのことがとっても好き。1年たってどんどん好きになってる。僕が「こらっ!リンゴ!」って怒ってる時も、すぐにライトにすりすりして「ライトがイイねん。だってライトが好きやねん! ライトと結婚するねん!」って、、、どういう事やねん!? どれだけ好きやねん。リンゴはちょっとライトに依存しすぎやないの(逆に)。

「クシャっと目をつむって笑う仕草」と「腹筋鍛えてる姿」が面白かわいいライトですが、これからは、リンゴをはじめ、僕や若葉、沢山の友人、仲間と一緒にこの世界を生き抜いていくねんで。北田辺保育園で出会う仲間は大事大事やで。この世界の話をこれから一緒にしていこな! ようこそ、世界へ!



お ま る く ん


辺りに続く

2009/01/23

[太鼓] ケンガリチェにノスル ← 2・1ライブに向けて


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サテン生地を並べてみる。


2/1のライブに向けて、クェンガリチェにノスルでも垂らしとくかい! なんでも見よう見真似だぜ(「見よう見真似」というよりも、記憶と妄想)。

という訳で、サテン系生地(1100×400mm)5色をゲットしてきて、適当に繋げてみたんだけど、、。

あれ? なんか思ってたよりも重たいぞ!^^;

サテン系って間違い? もっと薄手のサテンオーガンジを探すべきだった?? っていうか5枚もいらん??

将来的にもっと経験値を稼いだら、和風混ぜたり、金具ジャラジャラ繋いで、オドロオドロしく「それっぽいケンガリ」にしようと思ってるんだけどなぁ。

ちなみに、2/1のライブって、それなりのレパートリになってる模様。平均年齢五十前後(?)なので、飛び上がったりクルクル回ったりは出来ませんが^^;↓

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追記:青ひょん / Mr.WON よりツッコミ頂く!

ノスルの色:赤青黄白黒の5色
←風水の四方「東西南北→青龍(青)、白虎(白)、朱雀(赤)、玄武(黒)」


ありがたや♪

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「ポムソリ」10周年ライブ



日時:2009年2月1日 13:00~15:00
場所:大阪狭山市立公民館(web) 地図(googlemap)
南海「金剛駅」南海バス4番乗場(狭山ニュータウン方面行)で7分「西小学校前」下車前
参加費:無料

  • ムン門クッ
    「五方神将門様、門を開けて下さい!人々と福が沢山入っていきます…」という台詞で始まり、キルノリで練り歩きます。
  • 子どもたちのチャング&ソゴチュム
    公民館の新春子どもまつりのワークで、初めてチャングを叩き、ソゴを持って舞った小学生たちの演奏と踊りです
  • サムド三道ソルチャングより(タスリム、トンドックン、トンサルプリ)
    韓国の京畿道、忠清道と湖南(全羅道)、そして嶺南(慶尚道)地方の三道で名声を得ていたチャングの名人たちのリズムを収集して作られたチャングの楽曲。
  • 舞踊「ナムウォン南原(ハン漢)サンソン山城」
    扇子を持って舞います。 山城に登って眺めてみれば・・・
  • サムルノリ&和太鼓
    「ポムソリ」と「わかこま」が初コラボに挑戦!「大地に根を張り仲間と生きる。国は違えど思いはひとつ!」
  • 休憩
    ピアノとフルート演奏をお楽しみ下さい。
  • ぶちあわせ太鼓
    和太鼓サークル「わかこま」 三浦半島の三崎と城ヶ島で、2つの村の漁師たちが村の名誉をかけて2艘の船に太鼓をのせ海の上で競い合います。負けた方の太鼓は皮を破られても、海に放り込まれても文句が言えないという勇ましい漁師たちの太鼓です。人と人とがぶつかり合う中で、お互いの個性を大切にし、認め合いながら、心をひとつにしていく様を表現しています。
  • サムド三道ソルチャングより(ウォルサンガ、クッコリ、フィモリ) 
  • レキオの夢(エイサーと琉球舞踊)
    「表現倶楽部うどぃ」の有志のみなさん  大志を抱いて大海原を航海したレキオ(琉球)の海人(うみんちゅ)。今、若人がその道を行く。星を継ぐ者として…
  • ウッタリ サムルノリ
    サムルとは4つの物、ノリとは遊びという意味。クェンガリ、チャング、プク、チンの4つの楽器の掛け合いとノリノリのリズムは大迫力!
  • 大プンムル
    会場のみなさんも一緒に輪になって!


<うどぃ
「星を継ぐ者として…」ってまた、カッコぶーぶーじゃないか!

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韓国の伝統打楽器グループ「ポムソリ」
「ポムソリ」とは、韓国・朝鮮語で「春の声」の意。朝鮮半島の打楽器の面白さに魅された在日コリアンと日本人が、国の違いにとらわれず、尊重し合い、つながり合い、通じ合う気持ちを大切にしながら楽しんでいます。南河内地域を中心に、小中学校での演奏やチャング講座、国際交流行事、人権フェスタ等に出演。身近に気軽に、韓国朝鮮文化に親しみながら、在日コリアンにとっても日本人にとっても住み易い多文化共生の平和な社会になることを願っています。2007年度「大阪府草の根人権活動功労賞」を受賞。


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2007年度「大阪府草の根人権活動功労賞」って、あれよね、確か、橋下知事になる直前、太田前知事が任期終える数日前に授賞式があって、そらそんなバタバタしてるとき本人くるかい!ってな微妙な時期のやつ (´・ω・`)

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追記

駅からのバスですが。

》南海バス4番(??)乗場(狭山ニュータウン方面行)で7分
》「西小学校前」

「解決!」
金剛駅「西側バス乗場(小さいほう・新しいほう)」の南海コミュニティバス4番乗場(50、51系統)で、狭山ニュータウン方面行は、昼間12分間隔で出発中。金剛駅から10分弱4駅目で、バスおりて、右前方(北側・道路向い)茶色のたてものが「大阪狭山市立公民館」です♪

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車型フォトフレーム


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車型フォトフレーム


最近ゲットしたフォトフレームの中では、かなり良い! 10ケぐらい買うべきだった。見た目どおりの値段。手作り感がかわいすぎる。でも、これって職人は1台ナンボで納品してるんだろなぁ(つд`)(楽天でも見つけた)

「車型フォトフレーム」の向こうの「お花フレーム」は、チホエミ新居のメールボックスに勝手に置いてきた♪



ちほえみ結婚式ロビーにて




年越し♪家族行事、忘年会→正月法事→愛知犬山、+アブジと口論


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元旦


正月の支度。まだライトは兄ちゃん姉ちゃんの大暴れに参加できませんが、これからしばらくは大変なことになりそうだなぁ。

去年はライトが元旦に出産予定日で、年末に生まれたもんだから、家族4人ウチでじっとのんびりしてました。なので、2年ぶりの正月という感じ。



忘年会


年末恒例の食事会は「がんこ平野郷屋敷」にて。今回は屋敷内の「 蔵 」で食事。こりゃいいわ。若干走り回り気味になっても、若干大丈夫^^;






まぁ、多分ね、並びかたとか、男/女とか、チェサ(法事)のチョル(お辞儀)には決まりはあるんだろうけどね!(´・ω・`) 僕もいつも写真撮ってるしなぁ^^;

これからますます全員並ばれへんねぇ。




犬山


正月2日は、若葉の父方の田舎、岐阜愛知方面へ皆で出かける。若葉のおばあちゃんの米寿のお祝いだ。ホテル借りてお祝い。ゴージャス!さすが岐阜愛知方面だ。子どもが沢山で面白かったねぇ。若葉も3姉弟久しぶりに揃うだけでなく、長いこと顔みてない親戚まで寄り合って楽しい雰囲気です。(犬山城バックに親戚一同!な写真もアップしたいけど、、、やめとくか。無難に)


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そういや、年末、食事の席で「名前」のことなどでアブジ@父と言い合ったなぁ。ユキ@妹が、「もっとコリアン・コリアンした名前が良かった」とか言うてたのが印象的だったけど、僕は、啓子@母+アブジの1970年初頭情勢下での様々な選択は、かなりイイ線いってたと思うし、また、他所でも(?)僕はそのように述べてるよ。アブジは近現代の在日朝鮮史研究者なわけで、ラディカル(アナーキー)な物言いもあって共感するところも多いんだけど、言葉だけ聞いてると、どうも日本の「草の根右翼」と同じこと言ってたりするんだよな。「三世四世の世代で民族活動はキモイ。なんで日本に帰化してないの?」みたいな(勿論「字面」通りには言うてないが)。うーむ。とりあえず既成の党派は勿論、民族系な”活動”に対して不信感しか(?)無いようだ。”差別闘争”にありがちだった「被差別者を先頭に立たせて後ろでスローガンを読む」、、類の戦術がアブジは相当嫌いなわけだ。まぁその戦いの現場でのやりとりで彼は教職を失ったようなんかもしれんが。そんなもん僕も相当に嫌いだけど、そのあなたに戸籍名オンリー+通称名なしのムンチョンヒョンと名づけてもらったお陰で、小さい頃から前に立って誰かの旗掲げることもあったし、誰かの運動の成果になったこともあるけど、別に、そんなもん誰の旗掲げる羽目になろうが、誰かの得になろうが、関係なく、僕は僕で有意義な人生をおくってるし、どちらかと言えば、ムンチョンヒョンと名乗ってるお陰で、相当に有意義だよ。
そんなもん、あなたもそうかもしれないけれど、負けず劣らず僕も民族系活動家っていうか右翼は朝鮮系、日系問わず嫌いだし、あなたが「コリアンじゃないと参加できない」みたいな活動嫌いなんも知ってるけど、僕も若葉も20年近く「日本/コリアン」ナンセンス!と言い続けてきてるわけで、それやのに何が言いたいわけ?っていうか僕はあなたのように右翼じゃなくてやっぱり左翼なんだけど、どう? みたいなことを親戚の法事でギャースカ言うてしもたなぁ。
ここまで父親に「あなた」「あなた」言うのは生まれて初めてだったかもしれない。ちょっと失礼な物言いだったかもね。ごめんなさい。ミアネヨ。

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上の話は↓この辺の続きになってます。



年越し♪ライブ、チングドゥル@神戸長田(1)


オーギヨッチャ、オーギヨッチャ
どっこいしょー、どっこいしょ♪


年越し時期の一番の面白イベントは何と言ってもパクウォン@ちんぐどぅる舊達ライヴ IN KOBEでした♪

ルミナリエの行列に翻弄されて、ライブ会場到着がギリギリになってしまったのですが、運よく(!)マイミクハグの尽力もあってライブ会場最前列に落ち着くことが出来ました。うん。ほんまええ「運」の使い道やった。

「エライ人」が言うには、今回の単独ライブの参加者は星の運行的(?)にも運命的に定められていたそうでして!、、(とウォンさんから聞いた (・∀・) )、、、つまり、それは一体どういうことやねん!?^^; とよく判らない部分もあるのですが、とってもユニークで楽しい時間を大興奮して過ごしたというのは僕と若葉の共通見解。もっと僕の友人たちを誘うべきだったよぉ! 会場は満員で立ち見が出たとのこと。

アジア系の民族芸能ライブというと、全く馴染みの無い向きから「退屈では?」と想像されるかもしれない。しかし、チングドゥルに関して言えば、それは全く無かった。

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親舊達(チングドゥル)
「韓国打楽器・朝鮮半島民謡・舞踊・和太鼓・篠笛・日本民謡に携わる在日Koreanと日本人によるコラボレーション・ユニット。2006年、パクウォンを中心に結成。

両文化の伝統芸能を知り、共感・共存し合うことで新しいものを生み出し、融合された芸術を作り上げようとする「チングドゥル」のフィールドは、日本、Korea、そして世界へと向かっている。」


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ということになってるらしいのですが、字面から想像されるものよりも、もっとカラフルでポップで、なんといってもカワイイ! 感じ。そんな印象を、他の民族芸能系で感じたことは殆どない。そう、とってもポップスなんよね。しかもマニアック。

歌あり踊りあり、笑いありトークあり、お楽しみあり、即興系あり、太鼓ありって感じで、飽きることがなかった。まぁ、細かい内容は別投稿で書くとして、一ヶ月ほど経つ今も、ライブの余韻を毎日楽しんでおります。

「我らがリーダー、パックウォンです!」のウォンさんが、もっと前面に出てくるライブかと思いきや、チングドゥルの「要」へみっちょが今回のライブの「カナメ」にもなり、他のメンバーも、みんなキャラが立ってて、それぞれが大活躍するという、まさにチングドゥルなライブでした。

リンゴは途中、ぐっすり寝てしまったが !Σ( ̄∀ ̄|||) それは、「ヨーロッパ受けしそうなフリーインプロビゼーション系(声あり)」(←おいおい!笑)が、昼間遊び倒した彼の身体には心地良過ぎたようです。

舞台が終わってロビーにてウォンさんに、「リンゴ~、最前列で寝てたやろ!(笑い」と言われてデレデレのリンゴが後から僕に言うには、「でも、夢で全部見てたで」ということらしい(´・∀・`)

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「じゃぁ、その夢で見てたやつも足して、全部の中で、何が面白かったん?」
「おどりがおもしろかった」
「へぇ、どんなおどりやった?」
「(手を伸ばしてポーズしながら)なんかこうやってこうやるやつ」
「たいこはどうやった?」
「たいこよりもおどりがおもしろかった!」
「そうか、おどりが良かったんか」
「おどりが一番おもしろかった!」


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おぉ!舞踊にツッコムとは、なかなかやるんかどうなんか!^^; 今回のは若い創作系な味わいが濃かったです。

ちなみにライトはずーっと起きとった。家でプンムルやらケンガリな動画を観ているせいもあるのか、大音響を気にするでもなく、会場の雰囲気とか、壁の集音穴とかが気になる様子でした。

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(2)につづく


オルシグ!チョッター!


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多方面で活躍中の永田充さんと記念撮影!


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太鼓話と言えば、↑は、↓の辺りの続きの話になってます。

2009/01/10

年越し♪神戸ルミナリエ、天王寺とどっちが明るい??


『チングドゥル』の自主公演ライブ in 長田、に向う道中、神戸ルミナリエに寄ってみる。正確に言うと、近づこうとしたが大行列ぶりに諦めたのよ。とほほ。道の規制もスゴイことになってる。

せっかくなんで雰囲気を味わおうと南京町で買い食い。

事前に、リンゴには「めっさ光ってピッカピカのところ行くねんで!」と言ってたもんで、ほどよく賑わって光ってる南京町に対してリンゴは、、、がっかり!!

「えー、天王寺よりぜんぜん光ってないやん。天王寺のほうが光ってるわ!」

どんだけ、「天王寺好き」発言やねん!

 、、、ごめんなリンゴ。今度は本物のルミナリエ見にいこな。

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で、道の規制に嘆きつつ、南京町から目と鼻の先のJR元町駅まで何とかフラフラと辿り着く。こんなに仰山のバリケード、どっから集めてきてん!?(笑い  さぁ、長田方面へ急げ!

次回はチングドゥルのライブ感想だ。やっと書けるぞ!


年越し♪ライト1歳記念


ライト1歳だぞ!

リンゴが1歳のときは、大勢で卓を囲んだけど、、、やはりクリスマスと正月の間に生まれちゃうと「年末のドタバタな感じ」の中に埋もれがちだなぁ^^; いやいや、そんなことなく楽しくやっていこう♪

ランチは通天閣そばの肉屋のレストランにて(ビストロ ヴェー)。


ケーキも探してみる、おぉ、懐かしのアルションも雰囲気変わったなぁ。

ぶらぶらしつつ、結局ケーキは「グラマシーニューヨーク 大阪高島屋店 GRAMERCY NEWYORK」で購入。もしかして、グラマシNYで今までケーキ買ったこと無かったかも。リンゴも疲れてすっかり撃沈! すまん! 

ケーキのネームプレートが、最近よくある「プラスチックカードにマジックペンで」とか「人のこと言えないけど、、味わい深い字体、と言うより下手すぎます!(つд`)」じゃなくて、イイ感じだったので高印象♪


年越し♪通天閣と道頓堀の観覧車


年末1歳を迎えるライト。さて、記念にどこ行くよ? という訳で、通天閣に登ってきました。

10年ほど前まではそんなこと無かったように記憶するけど、通天閣登るのに1時間並んだよ。外国人観光客の観光ルートに入っているとのこと。

で、次どこ行くよ、という話になり、通天閣展望台から見えた難波の観覧車(ドンキホーテ)に行きたいとリンゴが言うので、てくてく向ったけれど、、、

残念ながら、「点検中」のため回転停止中。リスクが高すぎるんよね、この手の工作物(遊戯施設)。僕はよう点検せーへんわ。というか「点検しましたOKです!」とはなかなか言えん。未来永劫「停止中」な感じですが、意匠的には、やっぱりちょっと面白い。


年越し♪保育園、初めてのサンタ


ライトの保育園に3人のサンタが来た模様。

ライトは初めてのサンタ体験です!!
リンゴも寄せてもろてます。

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4、5歳児年長さんのクラスへは、鈴の音とともに建物外部から部屋の窓を覗き込んだり、色々と細かい演出が入りながらのサンタがやって来たのですが、とりあえずプレゼントの絵本がつまったサンタ袋が重そう!(重い!) 保護者や他のクラスの方々も一緒に見てます。リンゴも寄せてもろてます。

サンタは子どもが「白ひげに不自然に付いてるかもしれないゴムひも」「途中で落ちて残念な白まゆげ」などに敏感なことを知っていたので、顔半分が隠れる白ヒゲとマユゲを、ゴムひもを使用せずに両面テープでガチガチにくっつけ、また、子どもは「サンタは一体どの先生がやっているのか?」が気になって仕方がないのを知っていたので、「○○先生ちゃうん!?」と言われそうな先生もサンタの近くに待機で、準備万端です!

質問コーナーというかミニコント(?)で楽しみつつ、全員へプレゼントを配り終え、声だし訓練を全然していない喉は枯れ果て、通気性のない衣装内は汗でビショビショ、メガネの曇り止めも効果なく、顔からは湯気が立ち上るサンタは、トナカイを停車中の天王寺方面へ去っていったのですが、、、。

リンゴが言うには、「あのサンタ、青ひょんのメガネと、やったやん。って言うか青ひょんやん! すぐ判ったわ!!」なそうな。

本物のサンタが手一杯だったので、僕はお手伝いしてた、、、という話になってます。

そんな感じで、僕も初めてのサンタ体験でした(笑い
そうそう着る機会が無いよ、サンタ衣装


サンタ控え室にて、「クリスマスセールな量販店のバックヤードみたいなことになっとる!」とは、別のサンタ談(´・∀・`)

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また、年末には保護者会役員の忘年会に参加。僕の中学時代クラスメートの妹さんが居ったりと、さすが地元だなぁ、と楽しいひと時。最初グズってたリンゴもよう遊びました。長いこと役員周辺に居はる人が言うには、昔はもっと大勢で賑やかな会になってたのこと。まぁ、たまたま、そういう流れなんだろね。

その場で聞いたんだけど、数年前までは園長仕切りで「父飲み会」みたいな場があったとのこと。ちょっとびっくり。やっぱりアレだな、「その辺り」から攻めることになるんだな。

来年は、リンゴの保育園、ライトの保育園、どっちも役員するのか?できるんか?




年越し♪保育園つながり


リンゴは0歳1歳「さくら保育園」→2歳「山田保育園」→3歳4歳「高松保育園」と転々としたのですが、「山田」の友だち2家族が、はるばる家まで遊びに来てくれたよ! ありがたい話だ。

60平米もない狭いマンションに、うちを入れて3家族 → 大人6人、子ども4人、赤ちゃん3人! そんな仰山はとても無理っす!!(´・ω・`) と言うてましたが、なんとかなったかもしれん。ミニ保育園状態です。

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連日寒かったので、野外で遊ぶことは断念。家で温まるなら、、、と、焼肉と鍋と子どものツマミをとりあえず用意しようと、数日前から段取り。


あんまり頑張らんとこうと、チヂミもチャプチェも近所の「「オモニ食品(地図 google Map)」でゲット。正直、この店はとても良心的です。鉄板焼用の牛バラ、鍋用の牛ホルモンは、近所の「源ヶ橋商店街」の肉屋でゲット。法事用の牛や豚となると御幸森まで行ったほうが良いだろうが、まぁ、バラ肉やしええやろ。それでも 400円/100g とちょっと頑張ったな。青果類は安売りスーパーで購入ー。いつも買ってる生協の半値だよ^^; あと、小鉢なドテ焼き、タコ胡瓜とかはちまちまと用意する。

牛バラ800g、牛腸500g、牛スジ150g、鳥600g、ソーセージなどで5000円。青果類(トック含む)スーパー袋まんたん4袋で3500円、チヂミキムチなど2700円、諸々で酒除いて12000円。3家族で割っても4000円。おぉ、上出来ちゃう?

リンゴライトを若葉に任せたスピード調理作業だったけど、下ごしらえに半日もかかってしまった。さすがに量が多くて、お皿を並べるスペース無ぇよ! 廊下にズラーと並べとく。あぁ~楽しかった♪

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もともとそんなつもりでは無かったんだけど、割と朝鮮料理になってしまい、子どもには申し訳ことをしたかも。おっさんだけやんけ、喜ぶん^^;(香辛料類は殆ど使ってないけど) おっさん連中が食べまくってくれたお陰で大体用意してたものは平らげることができました。(最後にトックスープを半分用意してましたが、そこまで至れず、ケーキタイムに移行~)

とりあえず、割と人が来ても、飯の準備とスペース確保がなんとかなることを確認できて良かったです。というか、懐かしい話というより、それぞれの現在の話を聞けて、興味深く楽しい時間を過ごさせてもらったです。ありがとう。

しかし、子ども赤ちゃん総勢7人、全員「オトコ」ってのもどうなんよ(´・ω・`)


2009/01/07

年越しカード(2008~09)と、元旦初食い

→2008.03カードのつづき



2008~2009年年越しカード


(裏)




(表)




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クリスマスに wii が届いた!

年越しカード送付後は、wii で沢山の似顔絵を描きつつ、『Wii Fit』のジョギングに「キャラが出るたびに大騒ぎ」しつつ、 『メイド イン ワリオ』をリンゴと激しく楽しみ、夜中には、ひとりでこっそり『聖剣伝説2』「なつかしぃー♪」とか声が出つつプレイたりと、、、、仕事らしい仕事を全くせずに正月明けまでのんびりしてしまったよ。思ったより楽しめた感じだけど、高価なオモチャなことよ、、^^;

今や正月も明け、それなりに忙しい日々に戻ってますが、仕事以外はとりあえず「週末のチホくんの結婚式」のことと、「2月頭のポムソリ太鼓演奏」のことを考えてれば、後はなんとかなりそうなので、割合い気楽。

そうだ、年末年始の書き留めておきたい出来事も沢山あるので、それをやっていこう。

受験出版業界な若葉は、受験シーズン只中でそこそこ多忙な日々に。

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この休み中にもライトの「人間化」に一層の拍車がかかったように思う。「気に食わない」顔が上手になってる気がする! 目を離すと、リンゴにくっついて「電車ゴッコ」してる! すごいもんだ。

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↓元旦、初食い記念写真


→2009.12カードへつづく

一級建築士登録申請@外国籍(2)



で、僕の「3手間ほど余分なやり取り」というのも、先ほどの彼女と同じように「免許証明書(顔写真入り携帯型)」の姓名記載に関するもの。

いつも通り話が長いので先に結論を言うと、戸籍名しか設定してなかった僕の外国人登録原票に生まれて初めて通称名を設定して(!)、それを根拠に、「文青火玄(文青ヒョン)」と一級建築士登録申請を行ったよ。

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韓国籍である僕の韓国戸籍名は「文青火玄(「火玄」は「火」へんに「玄」)」で、市区町村に申請→保管されている「外国人登録原票」にも同じく「文青火玄」と、イワユル本名だけが37年間明記されてたものを変更したという話。

この「火玄」という字は、「輝く」とかな意味らしく、火へんというのが格好良く個人的には大変好きな字なのですがへんなのに、ハングル読みでは「ひょん」と、フニャフニャ感がまた良い!(´・ω・`))、韓国では割りと使われてるか知らないが(?)日本では「JIS第二水準未満」で、「JIS第三水準」とか「NEC選定IBM拡張文字」辺りに割り当てられている。つまり、「MSゴシック」や「人名フォント」等には収録されている字だけれど、ちょっと凝ったようなフォントには入っていない! 旧字のように、新字体で割り当てられてたりすればそれはそれで使えるのだが、そういう訳でもない。「ディスプレイ上で表示はするけど、印字はできません」という扱いを受けることもよくあり、印刷してから判明するため混乱する。要するに、少々マニアックな漢字なわけだ。

別に「青」だけでも書いてあれば、僕の家には郵便物が届くのだけれど(表札にも「青」と掲げてるし)、業務的に仕事の範疇で「様々な局面において姓名の不一致は認められない」などと厳格な対応が建築業界的に迫られてるところ、面倒は避けたい。建築現場で監理者名を掲げる必要がある場合など現場所長に「あぁ、その「火玄」って言う字はJIS的にどうだからどうしてくれ」みたいなどうでもいい話はしたく無いわけだ。面倒。スムーズにことを運ぼうと、そういう話をすればするほど、「あぁ、この人は名前に相当こだわりがあるのだな。ラジャー!了解!」と誤読されてしまう。違うんだ! 僕は「名前なんてどうでもいい!、、、と考えるのがカッコいいと思っている」んだよ!、、相当に!(´・ω・`)

まぁ、そういう経緯で、僕は1990数年のパソコン通信時代から「青ひょん」「青ヒョン」と名乗っているのだけど、今回、一級建築士登録申請するにあたり、その辺を考慮する方向で無難にコトを進めようと考えた。

「青ひょん」と「青ヒョン」。どちらが”無難”かと言えば、「青ヒョン」だろうな。なんと言っても、「外国籍の人間が持つパスポートの姓名表記を音読したものをカナ表記で表現」するのが、スタンダードでオーソドックスな昔からの外国人名の表現とされてるんだから! 日本籍になれば、漢字表現するのが、またこれ一つのステータス! 、、いや、そんなことが言いたかった訳ではない。というかどうでも良い話である、、。

本当は実生活上も書類上も「苗字」はいらん派なのだが、国交省相手にそれを言い出すと、話が長くなるので、今回は「文青火玄(文青ヒョン)」でOKとした。

実際のところ、20年弱リアルな生活環境において「青ひょん」で通してるんで、通称名「青ひょん」で原票に登録しても何の問題も無さそうではある。でも、「わざわざ何してんねん、別にどうでもええやん(笑)」という気もするので40歳を過ぎたら考えることにしよう。

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そういえば建築士の試験合格者の発表はネットでしてて誰でも見れるんだが、「青ヒョン」という表示は割と目に付くみたいで、たまたま通りすがりに目にした人が「載ってたね、君だろ?」と気づいたり。
(その他、中国、韓国朝鮮人っぽい姓名が、割りとたくさん合格者名簿にあったのもびっくりした。関西だけかな?)

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で、

この通称名の併記に関しては、「ペンネームはダメ」ということになってる。外国人登録原票に記載されていない通称名は「どんな理由でも」無理ってなってる。例えば、日本籍の山田一郎が「イチロー」という通称名を併記希望してもダメ。日本籍で旧字体を姓名に持つ「髙田」さんが、通常使用している「高田」を併記して欲しいと希望しても不可ということになっている。

「文青ヒョン」は実情に即した”外国籍の特権”の使用法でOKということになろうが、「青ひょん」となると、とりあえず「在日外国人の”特権”許さぬ!」と声をからす人から、「悪用なり!」と指摘されるかもしれない。別に悪用認定されても構わないが今は面倒なのでやはり40歳ぐらいまで寝かせておこうと思う(´・ω・`)。

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[追記] 2009.03.23

2009.01.05 一級建築士、免許申請(携帯型(カード))→大阪建築登録センター
2009.03.19 通知はがき郵送される
2009.03.23 一級建築士免許証明書受領

免許のデザインが、なんというか↓

社団法人日本建築士会連合会:一級建築士免許証

のイラスト通りで、アッサリと味気なし。スカシ類は無い(いらんけど)。ミニマルな感じでまとまってる!、、、という訳でもなく「デザインされた」感じは、、無いぞ! うーん、これは不評が多数ではあるまいか? 一言で言うなれば「ニセモンくさい」 (つд`) 改訂されれば、携帯型プロトタイプデザインとして懐かしがられるかな。

一級建築士登録申請@外国籍(1)

一級建築士の「免許証」が、提示義務が生じるとかなどの理由(ほんまか?)で携帯性をアップさせ A4 サイズのものから「免許証明書(顔写真入り携帯型)」に変わるのですが(日本建築士会連合会の記事)、その是非はさておき、年が明けて僕も「一級建築士登録申請」を終えました。申請段階で、国税(登録免許税)60,000円、手数料(免許登録申請)19,200円 等と、8万円以上もかかることに腰が砕けそうになりながらも(何に使ってくれるんだろう?)、その他、3手間ほど余分なやり取りがありました、、。

現在、姉歯・資格違反・偽装事件などからの”法改正”を受け、窓口の人が言うには、「申請審査」についても「より厳格に対応するように」と国交省からハッパをかけられてるという状況。で、僕のケースは後述するとして、僕のすぐ前に申請されてた方のケース↓

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免許証明書には、日本の戸籍を根拠にする場合、戸籍上の姓名が記載されます。外国籍の場合は、市区町村が保管する「外国人登録原票」の「記載事項証明書」を添附し、その内容を根拠にして姓名が記載されます。旧姓通称名の併記を希望する場合は、戸籍や原票を根拠にカッコ付きで併記も可能とのこと。

(以下、戸籍や外国人登録原票の姓名を、通称名と区別して、「本名」ととりあえず呼びます)

僕のすぐ前の申請者は「外国籍+女性+既婚」で、「本名と通称名」をお持ちの様子。 業務上使っている姓名は、「結婚前の旧姓の通称名」。本名は書類上の名称で普段は未使用ということ。
以前からお持ちの二級建築士免許証には、その「結婚前の旧姓の通称名」が明記されており、今回取得した一級建築士免許証にも同様に「結婚前の旧姓の通称名」を本名の横に併記して欲しい。併記してもらわないと非常に困る、、という申請内容。


なぜ、”本名”以外の通称名を業務で使用しているのか? 異質なものを排除しようとする労働市場の権力関係にまつわる話なのか、個人的な慣習が主なのか、それはそれで大きなテーマでしょうが、一般論以上のことは判らないので割愛。

で、

窓口対応としては、↓

1.外国人登録原票に記載されている「現在の通称名」ならば、本名の横にカッコ書き併記可能。

2.例えば日本国籍保持者の場合、婚姻前の旧姓は戸籍で確認できるのでカッコ書きで併記可能。

3.今回の場合、事情はよく判るが、「旧姓の通称名」を証明する書類が無いので無理。

という話。

後ろでうっすら話を聞いてた僕は、しゃしゃり出るわけにもいかず、本人に声かけできる状況じゃなかったので、もしかして、このページに辿り着くかも、、、と期待をしつつ以下に思うことを書きます。

1.建築士会や国交省相手にしても厳しい(どうにもならん)

2.「旧姓の通称名」の根拠となる書類が欲しいのなら、原票に記載するべし

3.市区町村行って、「旧姓の通称名」を普段業務などで使用しているという根拠(宛名として記載されてる郵便×3通や、公な証明書)を持参して、婚姻後の新姓から旧姓へ、外国人登録原票の記載事項を変更すべし。旧姓に変更した「記載事項証明書」が根拠なら国交省の出る幕はなくなる

旧姓に変更するにあたり、同居人や家族との一致不一致などは別問題で処理。別途対応すればよし。、、、というような選択肢をその方にお伝えしたかった、、。せっかく高いお金出して作るんだし、業務で使えない、周囲に混乱を招くような証明書を作るのは本末転倒ですわ。

で、僕の「3手間ほど余分なやり取り」はこっちに続く