2008/05/29

[育児][友だち] 続々とライトグッズをいただく!!

[写真だけアルバム内]
Rhythm poco クレッセントベル


若葉の同僚が、たくさん来訪してくれたよ。ありがたや。 しかも、素敵なムーンライトグッズを頂く!! ライトグッズってなかなか無いんよなぁ、、、と日ごろ思っているところの驚きの品々。「探し足りないんだなぁ」と反省。

ようこんな素敵系を見つけはった。リンゴが楽しんでます。
ライトが遊べるようになったら、リンゴが教えてあげてね。

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こういう1オクターブものってのは、これもそうなんですが、ハ長調(ドレミハソラシド)が多い。2、3度ずらすか、ヘ長調(ファソラdシドレミファ)ぐらいだと良いのになぁ、、と毎度思うのですが、そういう意見は少数派なんだろうか。

また、音階ものに出会うたびに、「リンゴに絶対音階の訓練すべきか否か」という悩みが沸いてくる。するなら早くしないと期限切れだぞ。僕は啓子さん@母のおかげで、(日本の)”絶対的音階”しか判らないのですが、そういう主体からすると、狭義な(例えばYAMAHAな)絶対音階(≠ 十二平均律)よりも相対的音階をカッチリ訓練するほうが、後々ツブシが効くように思うのだよなぁ、、。悩ましい。

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「おつきさまってなあに?」Stephen Axel Anderson

なんて、あやしげで美しい絵本だ。もったいない! シオンママ、ありがとう!!

シオンとライトは数日違いで生まれたよ。
これからも気楽に末長く付き合えたらいいのにね。


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リサ情報によると、4月末、韓国インサドンで芸人中(現在休業中?)のヨンミが、ソウルにて結婚式を盛大に挙行したそうな。なんと、そうなんかいな。はよ、大阪でもパーティしておくれよ!

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なかなか「写真カードメイキング」まで投稿がたどり着かんなぁ。

更に、仕事以外で「青ひょん、○○の作業は終わったんかい?」と思ってはる人が複数おらはると思いますが、申し訳ない、のんびりお待ち頂けると助かります。ごめんね。


[育児] ライトの保育園準備。タオル5種類!?

#写真のリンク先を picasa アルバム表示じゃなくて、写真だけにしてみます。そっちのほうが軽いし大きいし、、。



一日に持っていく着替え!
多いぞー。
リンゴの時も確かに持って行ってた。
たしかに、早朝に乾かない洗濯物もってコインランドリーへ駆け込んでたわ。

若葉が mixi で書いてたが↓

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若葉 wrote:

私を悩ますもの…それは幾種類ものタオルの準備(^^;

ライトの入園荷物を準備するにあたり、保育所から渡されたリストを何度も見ているのですが…何度見ても何度確かめても、バッチリ用意できたぜっていう気にならない~ (>_<) というのは、やたらといろいろなタオルを用意するようにと指示されているからなのでした。

手ふきタオル…1枚… 中央に平ゴムをつける
タオル(白色)…2枚… 枕にする(5ヶ月頃まで)
ガーゼハンカチ…3枚… 授乳時に使う
鍛錬用タオル…各1枚… 乾布・冷水まさつ用(ハンドタオル)
            足の冷水浴(普通の大きさのタオル)

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それどころじゃないのよぉ。Tシャツ6枚、パンツ20枚、布オムツ20枚、ズボン20枚、チョッキなどが一日分。だから洗い換えでその倍は必要!!それ全部、刺繍しろって言うのよ~!!
……色の濃いものは何点か刺繍しましたが、あんまりなんで、名前シール(布用)を用意して、アイロンでせっせと貼り付けました(^^;


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ゼロ歳も鍛錬だよ!! 大変なり。
ライトが来週から通う北田辺保育園は、年長さんは金剛山に冬山登山(withアイゼン)すると聞いた。

うぅ、鍛錬かぁ~。

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ライトすまん。名前をかわいく刺繍しようとしたけど、「味わい系」になってしまった^^; 久しぶりに針もつと、作業終えるころになってようやく「技術」を思い出す、、。


デロイヤ7@ダグラム関係? キャラの名前なんだっけ?


20数年前のラジコンカー
ホットショット
押入れ奥よりサルベージ


僕の実家は、大掃除中。
押入れの奥から、懐かしグッズが発掘されて、「どうする?捨てる?」と啓子さん(母)より質疑中。

今から25、6年前、小学生の僕と妹は木曜夕方のテレビアニメ(大阪)に夢中だった。「太陽の牙ダグラム」「装甲機兵ボトムズ」辺りが、夢中の頂点。兄弟二人して、あこがれの人は「キリコ」。すごいと思うのは「反政府ゲリラ」。、、、はっはっは、、。

世代的に僕と妹の間では、無印ガンダムよりも、ダグラム、ボトムズ、ダンバイン、イデオンの方が遥かに偉かった(!?)、、。

ダグラムっていうのは

「地球からワームホールを挟んだ遠い星々に、デロイヤ星という、地球の植民地があった。地球=宗主国(宗主星)体制サイドの偉いさんを父に持つ若造クリン・カシムは、ひょんなことから、デロイヤの”反政府ゲリラ”太陽の牙に身を投じるはめに。地球からの独立運動が盛り上がるなか、独立運動の象徴となったコンバットアーマー「ダグラム」を操縦し、解放軍遊撃隊として、心身をどんどんスリ減らしていく戦いの日々な75話(長い!)」

という感じだったと思う。「反政府ゲリラ」とか「傭兵」という言い回しは、この時に覚えた。「植民地」という語感は、物語通じても、イマイチよく判らなかったような記憶がある。「ゲリラって、ほんまに大変なんやなぁー」と思いながら、妹と「24部隊」ごっこ(?)とか言って鬼ごっこを楽しんだ記憶が濃厚。

(「24部隊」 ←ガンダムの「黒い三連星」みたいなポジション?)

何の話だっけ?

そう、「どうする?捨てる?」と手渡されたグッズの中から、お年玉でゲットした上等なラジコンカーが出てきたんだけど↓


、、、「D7」というデカールは、覚えてる。ダグラムの反地球遊撃隊、太陽の牙の遊撃隊「デロイヤ7」のマーキングだ。(そこが間違いなら笑ける (つд`))

でも、その下の黄色いバイザーをかけ、赤いスカーフの人が誰だかわからん^^;? なんでこんな顔シールを貼ったんだろう? DAICON FILM 関係? タカラのイメージキャラクター?  、、、うーん、思い出せない。誰なんだ?? ダグラムの「ワームホール」まで覚えていたのに、なぜに、この娘の存在が記憶にないんだ!?>俺

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ホットショットって最近、リニューアルしてたんだねぇ。小回りきく設計になったんだろうか。昔は、とことん曲がらなかった様な覚えがある。勿論、操縦がど下手だったからなのは間違いないが。

今は玩具屋いくと、安目のラジコン、たくさんの種類がある。リンゴはよろしいなぁ。

[散歩] 誕生日お祝い。アルザス@フレンチ


エルカルゴ、パイ包み
器、何気にかわいい。



針中野(駒川中野)の「アルザス」へ、ランチング。
老舗っぽい店構え。オーソドックスであり、下町の洋食屋風であり、好印象。がんばってる。牛フィレ食べやすかった。うれしい。

店のおかみさんが、ライトを「息子の小さいときによく似ている!」と抱っこしてくれはる。彼は泣かない。おぉーすげぇ。ライトはここ数週間で雰囲気変わった。(でも、つい最近は「夜泣き」がひどい。夜中にメンメがパッチリ)

お店のサイトを見ると、エスカルゴな器の写真がある! やはり、お気に入りなのですなぁ。

是非、またリンゴ、ライトと一緒にディナー行きたいです。

アルザス近所の南田辺方面の「欧風料理レザン」には先月行った。町の洋食屋さん。忙しそうだった。お店の雰囲気はカジュアルなんだが、こちらもがんばってはる。

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僕と若葉は誕生日が二日違い。一緒にお祝い。

2008/05/17

[育児][友だち] はじめての ○○○

「はじめてのおかゆ」

ライト。生後4ヶ月半にして、初おかゆ。おかゆといっても、ほぼ透明な「上澄み」! さぁ、あと2週間で保育園通うまでは、色々と特訓だね。


「はじめての青ひょん授乳、はじめてのテクノ」

若葉とリンゴが出かけて、僕とライトの2人の時間。大抵、ライトは「ンンキャー!!」と叫び続けるか、疲れてぐったりしてるんですが、今日は色々と試してみました。なんせ、僕の授乳に慣れてもらわんとなりません。

CD棚から適当に選んだアルバムをライトと聞いてみる。

・『おやすみ赤ちゃん』アポロン

全然だめだ。心地よいメロディーは、ギャーギャー泣いているライトの耳まで届かず。残念。

・『Finlandia op. 26』Sibelius(フィンランディア/シベリウス)ゾルタン・ペシュコ

うーん、子守唄系かと思ったが、僕のほうが聞き入ってしまって、いまいちダメ。

・『st. louis blues』Louis Daniel Armstrong 1954 (セントルイス・ブルース/サッチモ(ルイ・アームストロング))

お、ちょっと反応してる。ラウドネスの振動にビビってる感じ。なるほど、じゃぁ、次で決まり。

・『beatmania IIDX 5th style』2001

ツーデラ。7鍵。いわゆる(?)テクノなゲーム曲集。
確か『 V 』がラスボス曲の時代。懐かしい。
ライトは、はっきりしたビートに反応してる気がする。ビックリしてるのか? 目を大きく見開いている。ちょっと気になるらしい。というわけで、泣き止んでシラフの彼に、哺乳瓶に湯冷まし授乳トライ! → 成功!!

TECHNO『QQQ』(TaQ) にて、ライトは僕の哺乳瓶からゴクリと喉を潤いました! 3Q!サンキュー! さすが、Taq 様でした。こりゃちょっとした記念だね。最近はライトを泣かずに抱っこできひんかったし。

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リンゴの担任の先生が、はじめて家に来ました♪ さぁ、次はライトの番ですぞ。


そういえば、李志浩くんも、初めての経験が目白押しだそうですぞ!
みなさん、首を長くして待ちましょう。
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youtube内に「QQQ」は、、、おぉ、ありました♪ 記念貼



「丹波マンガン記念館」が閉館するってよ






坑道入口。
14年前、1994年撮影
ツバクロが居ますねぇ。
今はどこで何してるんでしょうか。


地塩寮の総会に行ってきた(その2) わく星学校@フリースクール 」で、話題に出した「丹波マンガン記念館」ですが、こうのすけのおっさんから

「来春(2009年)5月には閉館する!」


と聞きました。

今まで本当にご苦労さんです (つд`)、、、、と言うのは何も関わっていないところでの勝手な物言いですが、、、やはり残念! 是非とも閉館までに足を運びたい。

交通の便は大変悪いです。 「京都京北町をドライブ、ツーリングで自然を満喫♪」みたいなイベントにしないとしんどい。 googleMap によれば、京都駅からマンガンの洞穴まで39kmほどの旅路。クネクネ山道も走り抜けるぞ。

マンガン公式 web にはバスの案内がありました。

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大きな地図で見る -----

古い話ですが、僕が何度か訪ねたのは 14,5年前。友人たちとバイクなツーリング。洞窟(坑内)は気温10度ほどなので、夏、薄着だと、とっても冷え冷えです!

「朝鮮人の戦中・戦後の鉱山労働を肌で感じる。真実の歴史!」みたいな主題は確かにあるんだろうけれど、朝鮮人労働者がどうのとか、言葉にするのがアホらしくなるぐらい脳あたりに直接響きます。 「鉱山(ヤマ)すげぇ。いったい今は何年だよ?」 って、サイケな民謡を真っ暗闇でガンガン聞かされる感じでヘトヘトになります。当時、僕はなりました。

手作り感あふれる洞窟内の案内書きに、当時の坑内作業を模したであろう身体の大きめなマネキンたち多数。、、、強調するところじゃ無いのは判ってるんだけど、すごい味わいです。色んな意味ですごいです。

前もって聞かされていたとしても、洞窟内が冷え冷えの相乗効果で、かなりの度肝が抜かれることでしょう。「秘境ファンや洞窟ファンだけど、マンガンは知らなかった」なんて人がいるなら、この夏いくべしです♪ 夏は今回限りなんだよね、、、。

「小人(3才以上)300円」との案内がありましたので、幼児も洞窟に入れるらしい♪ でも、、、リンゴは怖くて一緒に行くのは無理やろかなぁ。

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今から30年前、僕が5,6歳の時分、奈良の「屯鶴峰(どんづるぼう)」に家族でハイキングに行った記憶が蘇ってきた。なんちゅうか、その手の”昔話”をアブジ(父)がしてたような気もしますが、とにかく奇妙で寂しいモノクロな景色だったことが、忘れられんです。

なんだろうね、「確かに、この辺り、時間の流れが他所と違うよね」って肌感覚は。

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「丹波マンガン記念館」
鉱山のロマンを実体験
「丹波マンガン記念館」
http://www6.ocn.ne.jp/~tanbamn/

京都市中心部から車で約1時間
JRバス「高雄・京北線」京都駅発「周山行き」で『周山』バス停下車。その後「京北ふるさとバス」田貫線「上佐々江行き」または「ゼミナールハウス行き」で『下中』バス停下車・徒歩10分


〒601-0533 京都市右京区京北下中町西大谷45番地
TEL 0771-54-0046 / FAX 0771-54-0234
E-mail tanbamn@apricot.ocn.ne.jp


■入坑料金■
大人(一般):800円
学生(小・中学生):500円
小人(3才以上):300円
※30人以上の団体はひとりあたり各100円割引

■観覧時間■
AM10:30~PM5:00(PM4:30までに入館)
休館:毎週火曜日
※火曜日が祝日の場合はその翌日
※30mm以上の雨又は警報が出た時
冬季休館:12月15日~3月15日


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以下、こうのすけのおっさんのメール(部分)

「丹波マンガン記念館“閉山”来春にも 入場者減、老朽化で」『京都新聞』



こうのすけ wrote:

みなさん、こんばんは。

残念なお知らせをしなければなりません。
1989年に開館した「丹波マンガン記念館」(京都市右京区京北)は戦前・戦後の 朝鮮人の鉱山労働の跡を直接見ることのできる数少ない現場の一つです。この記念館が 来春5月には閉館することになったそうです。先日5月11日(日)に神戸・青丘文庫 で開かれた「在日朝鮮人運動史研究会関西部会」月例会で館長の李龍植(リリョンシク )さんのお話をうかがいました。
この記念館は龍植さんとアボヂの初代館長の李貞鎬(リヂョンホ)さん〔じん肺によ る呼吸不全で、1995年死去。享年62歳。2歳で渡日した貞鎬さんの骨は舞鶴の海 に散骨された〕が墓の代わりに手作りで作ったミュージアムです。国や地方公共団体か らの公的な補助もなく、施設も老朽化し、入館者が減る中、毎年600万円以上の赤字 が続いて、もうこれ以上維持することはむずかしくなったとのことです。本来ならば、 このような仕事は個人でやるにはあまりにも荷が重過ぎます。2002年にはNPO法 人(特定非営利活動法人)になったものの、家族経営で20年近くよく頑張ってこられ ました。
10年ほど前に、ぼくも友人たちと「丹波マンガン記念館を支える会」をつくって、 支援活動をしました。ブルース歌手の新井英一さんをお招きしてコンサートを企画して 、500人近い方々に来ていただきました。それ以外ではあまりお役に立てませんでし た。
昨年は在日韓人歴史資料館(http://www.j-koreans.org/)館長の姜徳相(カンドク サン)さんほかと記念館を訪ねて、坑内で使われた道具類を快く提供していただきまし た(これらは現在、歴史資料館で展示されています)。
「コリアン・マイノリティ研究会]では7月~9月にツアーを企画したいと思います 。日程調整をふくめて、企画をすすめます。参加ご希望の方は、まずご連絡いただけれ ば幸いです。

「丹波マンガン記念館“閉山” 来春にも 入場者減、老朽化で」『京都新聞』記事
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008050900094&genre=C4&area=K00

丹波マンガン記念館 http://www6.ocn.ne.jp/~tanbamn/

次のブログでは記念館の様子を写真で見ることができます。
http://syoindo.noblog.net/blog/r/10421996.writeback
http://www.ne.jp/asahi/1609/kccn/sinootani01.html
※坑内のマネキンが背の高い白色人種なのは違和感がありますが、黄色人種のマネキンより費用が安かったからだそうです。

コリアン・マイノリティ研究会 
http://white.ap.teacup.com/korminor/



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妙に男前


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追記 (2008.06.13)

京都ウトロ、ウトロまちづくり研究会も絡んでツアーを組んだそうです↓



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[追記] 青ひょん / 2009.03.03

↓ええ話。頓挫せーへんよう、何か支援出来るかしら?

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(略)運営難のため5月末に閉館する丹波マンガン記念館(京都市右京区京北)を存続させようと、大学教員や府民有志が支援を始めた。新法人を設けて運営を引き継ぎ、来年春の再オープンを目指す。(略)記念館は3月14日まで冬季休館中。


[追記]青ひょん / 2009.04.03

お!!
ヘミっぺ!?

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■丹波マンガン記念館「閉館・鎮魂・出版パーティー」
NPO丹波マンガン記念館は、1989年5月に開館し2010年5月31日を以て閉館します。5月31日以降は見学(団体客含)は見学をお断りしています。来年3月資金が集まり、建物の建設費などが集まった場合は再開館する予定です。つきましては閉館パーティと、丹波マンガン記念館の歴史本の出版記念パーティーを5月31日丹波マンガン記念館にてAM10時30分より開催します。

日 時:5月31日(日)10:30~
場 所:丹波マンガン記念館(京都市右京区京北下中町西大谷45)
<午前の部> 
10:30~ 李館長挨拶
10:40~ 来賓挨拶
11:00~ 追悼式
11:15~ 韓国舞踊(金仁姫さん、趙恵美さん)
11:45~ 新井英一さん 野外コンサート
<午後の部>
13:00~ 丹波マンガン記念館無料開放(各種イベントを用意)
李館長による講演 マンガン記念館説明会(※変更有り)
入場料:1800円
主 催:丹波マンガン記念館 0771-54-0046

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<午後の部>於:京都府立ゼミナールハウス
13:30~13:50 丹波マンガン記念館を再建する会・第2回総会
13:50~14:20 一般社団法人丹波マンガン記念館(仮称)設立総会
14:30~16:30 記念シンポジュウム「丹波マンガン記念館の意義と可能性」(仮)
主 催:丹波マンガン記念館、丹波マンガン記念館を再建する会
問い合わせ:丹波マンガン記念館を再建する会事務局
電話075(645)8634、e-mail:hosokawa@biz.ryukoku.ac.jp
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追記:青ひょん 2009.05.01

2009.05.31の閉館パーティなど続きの話↓


2008/05/11

[カード] メイキング02 軍曹のカメラ


セルフポートレート by リンゴ


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カメラ好き



僕のカメラ好きは、僕の母(啓子さん・日本人)のカメラ好きの影響だと思っている。その啓子さんは、ここ10数年、古いフィルムなコンパクトカメラを使用しています。僕は彼女の顔を見るたびに「もっと”良い”カメラだと、撮影も楽しいのにぃー」と言うんだけど、

「目が悪くなって、ピントが判らないから、ええカメラいらんねん。あってもしゃーない」

と彼女は言う。

うーん。

ライブビュー(いわゆる液晶モニター)搭載で、例えば 「EOS Kiss X2」(ボディのみ \68,500、475g) 辺りでも、1眼レフカメラだと重ばるんかなぁ、、? 「気力はそこそこあるけど、眼力は落ちた」年配者が「これは良いカメラだ!」って言うモノは何だろうね? 携帯電話のカメラがベターな選択なんかなぁ、、。他にないんか?

母の話を出したついでに父(在日韓国人2世)はどうかと言うと、写真派ではなく絵画派です。

アブジ@父は若い頃、画家志望(油彩)でした。母と付き合っていた当時は、どこへ行くにも大きいスケッチブック複数冊を持ち歩いていたらしい。書こうが書かまいがスケッチブックを持ち歩いていないと気が気で無かったらしい。なんとなく、その感覚わかる!(笑い

で、彼は近現代の歴史研究者です(職業.学習塾経営 + 趣味.近現代朝鮮史研究)。僕が幼い頃には、自前で作った「年表グッズ」をよく見せてくれた。年表グッズというのは、受験の単語帳より一回り大きな自作カードの周囲に「クシ刺し」出来るような穴が沢山空いてて、その穴にクシを指して引っ張りあげると「関連の項目だけが抽出される」という検索機能?がついたカードのこと。「民団」「総連」「公安権力」「アナキスト」「日本共産党」「新左翼」とかなジャンル分けだった、、、かどうかは自信は無いけど、多分、そんな感じ。

そんな彼はここ数年、身体を壊しつつも「絵描き」モード復活。部屋中に絵が飾ってある。歴史研究のほうがどうなっているのかよく知らない。

3、4年前(2003、4年)には、池川英勝氏他界をうけ、衡平運動関係の整理をしてはりました。(『衡平社運動史研究について』『衡平社関係リスト』大阪人権博物館紀要 第7号)

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「ハイ、チーズ!」

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カメラ変遷



学生時代、僕が15、6年前には、母方のおじいちゃん民男さん(日本人。元軍曹。健在)がその昔使っていた「PENTAX KM」をメインで使ってました。じいちゃんが使い、その後、啓子さん@母が使っていたものを、さらに僕が貰いました。大学の卒業設計時にも活躍。ちなみに、僕の大学卒業設計は大阪道頓堀に「遊歩道+水中ミュージアム」を作るという内容 (´・ω・`)(『ミュージアム・ドートン』、、、、笑

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PENTAX KM


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その後、「プロやないし、お手軽感・オモチャ感がいい!」という理由で、「EOS Kiss」 シリーズを何台か使い、「Kiss Digital」「EOS 30D」 と変遷。レンズは「SIGMA18-50 F2.8」 を長いことメインに使ってましたが、スナップ写真(+建築の仕事)しか撮らないし、ここ1年は、「EF16-35 F2.8L II USM」1本です。

色々と思い起こすに、PENTAX の撮影が最も感動的だった。撮影感も、焼きあがった写真を見ても。当時撮った写真は今みても何やら味わい深い。しかしながら、もうデジタルから銀塩には戻れない。銀塩は金持ちの贅沢趣味だよなぁ。もう無理だわ。
今メインに使っているレンズ CANON 純正F2.8 Lツー は、僕には上等すぎる一品。先ほどは、サラっと「今は~1本です」と控えめに言うてましたが、実は、それはスゴイことやで!(どっかで聞いたフレーズ) 非常に良いレンズ。一生モンです! 売り始めた時に貯金つぶして新品をゲットしました。出産・育児に底をつく財政状況の最中なのに!? 僕の持ち物の中で一番高価なオモチャです!!(バイクは減価償却。9821もホコリまみれ)

あと数年内にフルサイズ(EOS 5D ?)をゲットできれば言うことない、、。頑張って働こう。

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「カメラ+三脚」
「カメラ+一脚」

CANON EOS 30D
+ EF16-35mm F2.8L II USM
三脚 Velbon ULTRA LUX i M
一脚 Slik Lighty Pod III

三脚は Velvon の 低くて細目(φ21 )のやつ(MAX i M)。脚径φ24 LUX のほうが売れ線だと聞いてるが、今のところ特に困ることは無い。長い望遠系も使わないし。

一脚は、安売りしてた Slik の light Pod 。こだわりは無いんだけど、カメラに着けて天井(梁型)と本棚の間に挟んだり、足を伸ばして上方から撮影したりと思ってた以上に一脚が活躍する場面は多い。

あと、レリーズ(カメラからケーブルを引っ張って、遠方よりシャッターを操作できる手元ボタン)は、あると楽しい。一番最近の「ライト誕生」のカード撮影は、一脚を使って天井面に設置したカメラからケーブルを垂らして、手元でシャッターを切ってました。

遠方撮影装置にはケーブル無しタイプ(赤外線操作など)もあります。割と距離があっても使えるので嬉しいですが、反応の悪いときなどイライラしてしまいます。やはり、有線が安心です。

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だいぶん具体的なカード作りの話に近づいてきたぞ(汗
次回は、いざ撮影。

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【追記2010】
あげはちょんカード<http://aohyon.com/i/kiji/aotu01.htmlにメモ書きしてますが、

「CANON EOS 5D Mark II
+ EF16-35mm F2.8L II USM
+ TAMRON SP 70-300mm F/4-5.6」


で、現在楽しいカメラ生活楽しんでいます。また、半年ほど「FReCS-PRO カメラストラップ」ストラップを使ってますが、正直高い!高いですが一度使うと辞められないです。とてもいい。

16-35のF2.8L2は今でもイイ感じです。でも、後発レンズに良さげなものが増えて相対的に価値が下がった気も^^;

2008/05/08

[カード] メイキング01 家族写真?家族フライヤ? 「劇団」って?



今まで友だちに配った(送りつけた!?)20枚弱の「記念カード」は、うちの「劇団の活動報告」です。一応「あげはちょんカード」って名前もあります^^; 将来、自分で読んで笑えるように、メイキングをつらつらと書きます。

さて、「劇団」って何よ? って辺りから書こう、、、と思いましたが、そうじゃなくて、とりあえず、

「青ひょんは、家族のことを「劇団」って言いたいらしい。可笑しいね(笑 」

、、、って、了解してあげて先に進んでください。(´・ω・`)。 なんとなく言いたいことが伝われば、、ねぇ、、、^^;

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僕は若葉(妻@事実婚)のことを、他人に「僕の妻です」と紹介しています。でも、内心は、親友同志(ドウシであってトンムとは読まない)というほうがリアルな感じ。凡庸だけど「パートナー」はしっくりきます。「相方」だと芸人みたいで畏れ多いし、「同居人」ってのは控えめすぎる。「バディ」って言うほど体育会系じゃ無いんだなぁ。

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僕の周囲で、セクト内”結婚”して、その後「子育て論」辺りで衝突して離婚、もしくは家庭内離婚してるグループが、複数いる。「同じ嗜好で一緒になるとダメねぇ」 などという話を当人たちから聞かされたりもする。逆に、一緒になってから、「げげ、おれ民主党だったけど、相方は共和党だったよ! どうしよう!?」 なんて話も聞かされたり。

なぜに、その様な大事なことが、一緒になるまで判らないのか不思議で仕方がないぞ。

こだわり屋さん同士でチームを組むと、こだわり派だけに相容れない事はあるんやろねぇ。相手を見る目が有る、見る目が無かった、「残念!さぁ、次!」 という話にしても良いと思うけど、とりあえず「同じ方向」を進めないのであれば一緒に生活(劇団運営)にはならんやろうねぇ、、やはり。

(セクトってのは、具体的な党派という意味にあらず、「趣味や政治性で同じ方向を向いて進もう♪」という共通理解にあるマニアックなチームという意味で使ってます。 ”普通”、そういう場合は「セクト」って言いませんが^^;)

「同じ宇宙を信じる」「同じ神を信じる」「同じ歴史を信じる」「同じデザインを信じる」という”信仰”のベクトルだと、その教義(?)の中に「家族の作り方」「パートナーとの付き合いかた」なんて Tips も付いてきて楽チンそうに外部からは見えるんですが(属する共同体にとって都合のよい「細胞」形式を推奨されちゃってると言うか、、)、そういう共同体な方向からの「同じ方向」ではなくて、僕のイメージする「同じ方向」というのは、「時間を大事にしたい」「やるときは最後までやる」とかな「気持ち論」での一致や、「同じ歴史観」とまでは言わずも、どっちか言うと右翼、どっちかいうと左翼、なんでもあり or 結構堅物、ぐらいの「生き方の趣味」と、「歩くの好き嫌い」「食べるの好き嫌い」「笑いの好き嫌い」「話すの好き嫌い」「きれいの好き嫌い」「暴力の好き嫌い」「雑さ加減の好き嫌い」「ネクラネアカ」、、な好き嫌いや趣味が、「2つ3つ一致すれば最高でしょ!」 っていうぐらいのユルい「同じ方向」。

「同じ方向」が共有されてないんじゃ、しんどくない? と言うか、一緒に生活する「動機」が在り得ない気がする。

僕と若葉は、細かいところで趣味・政治スタンスは違ってると思うけれど、例えば、「戦争は反対。人殺しは反対。子どもは守れ」ぐらいのスローガンレヴェルでは一致している(と僕は思っている)。一致というのは、そのスローガンに対する「気分の温度差、気分の出力」も一致するという意味。出力の一致。これは重要。「戦争にはあまり興味がない、子供には関心がない」では、一致以前の話になっちゃう。議論になるとすれば、デモに行くときのプラカード、「白を基調に花模様? それとも、キース・ヘリング落書きポップ風?」どうする? ぐらいの位置での議論。

、、、おっと、とりあえずカードの話を進めねば、、(汗

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ライト(非嫡出子。日本籍。韓国籍)が生まれて劇団(家族)が4人になりました。イベントは目白押し。「写真撮影→カード作り」は、「寝食をともにして、一緒に生活する」ことの次に、うちの劇団の目玉の活動です。

今から10年ほど経って、ライトも小学生高学年ぐらいになったら、カード作りも打ち止めかな? それまでは付き合って欲しいなぁ。そして、できれば15、6歳になれば、うちの劇団を卒業して、ひとり立ち → 自分で劇団を立ち上げてほしいぞ。勿論、一人立ちする技術は、劇団の先輩としてどんどん伝える。自前で公演して稼いで、劇団のメンバーが増えてきたら、合同のワークショップなど開催できればいいねぇ! そんなイメージを持っています。

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カードを「年明け」と「夏」にカードを郵送するパターンが何年間か続きました。

郵送する2ヶ月前ぐらいにラフスケッチを描きます。何か新しいチャレンジを盛り込みます。撮影スケジュール調整に入ります。劇団員はそれぞれに忙しいので、撮影ロケの日程を調整するのが一番大変です。冬の平日だと、家族全員が仕事やら何やらに暗いうちに家を出て、帰宅の頃にはまた真っ暗です。運よく仕事の休日が重なっても、「雨に降られる」と撮影はオジャンで、予定がどんどん先延ばしにされたり。

最近は、1回の撮影ですんなりOKとはならないねぇ。2、3回、日をあらためて撮影します。

撮影しちゃえば、半分以上の仕事が終わった感じです(^^)

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次回、「メイキング02 軍曹のカメラ」に続きます。 -----

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家族というと、

TVで、岡田斗司夫氏がの村上知子@森三中が出演してるの観て思い出した。
『フロン 結婚生活・19の絶対法則』よりも過去で、ゼネプロ時代よりも未来。『ぼくたちの洗脳社会』の頃に、僕は、岡田斗司夫氏とカラオケボックスで話をする機会がありまして、氏にとって「家族は何か?」みたいな事を伺いまいした。氏は「家族は、僕の唯一の舞台裏、作戦司令本部です」というようなことを言うてはって、僕はすごく納得した覚えがあります。地元・近所の兄ちゃんの話は「絶対!」という僕ルールもあって、忘れられない家族話でした。

そういえばレコーディング・ダイエット『いつまでもデブと思うなよ』は、未だに読んでない。妙に申し訳ない気分。売れてるのなら別にエエんかな。体重コントロールに困ったときに頼ろうと、「ブートキャンプ」や「いつデブ」は未体験のままだったんだけど、そうこうしてるうちに、いらんように (つд`;)



2008/05/06

[育児] 4歳。おニューの自転車

おニューの自転車を頂いたよ♪ 18インチ

4歳4ヶ月(←4歳2ヶ月の間違い)で身長 100cm ちょい。サドル高 Min で、つま先が少し地面に着くぐらい。
リンゴがめちゃくちゃ嬉しそうで、僕も嬉しい。

同じ保育園4歳児クラスでも、早い子はもうコマ無し乗れてる! は、はやくない? でも、公園で見てても、小学校入る前ぐらいでコマ無しOKな子を結構見る。僕の頃と違うのか、僕の記憶が違ってるのか^^;

僕自身は小学校低学年まで14インチ乗ってたんじゃないかなぁ。



[友だち] 京都の友だち、後輩






おめ!


周囲がどう思っているかは別にして、僕は、僕のことを「周囲に年配者が多い中、歳若く、無遠慮なことを言っちゃう」ようなポジションこそ、僕のキャラ(?)が生かされると思っている。

なので、周囲が僕よりも歳が若く、さらに男子ばかりとなると、全くもって「かなりアウェイ」な感じなのです。男子の後輩というのは、一番「苦手」感が強い。

まぁ、そうなんだけど、学生時代のサークルの OP 会の1つに顔を出した。年長者は僕で、僕のすぐ下も5歳ほど離れており、一番若手は20歳前後。

で、びっくりしたのは、僕の苦手意識とは裏腹に、30 前後の男子とガヤガヤ話をするのも楽しかった! 向こうに気を使われると萎縮してしまうが、今までに1、2度顔を合わせただけの人や初対面で「よう知らない人たち」なんだけど、、、その手のサークルを続けて、さらに、OP会があれば顔を出そう、、、、というような人たちだ、やっぱり、面白いわ。関係続けれたらもっと面白くなりそうな感じ。

おっさん参加OKな企画があったら、また参加したいなぁ、、と思いました。

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参加者に、司法試験合格「おめでとう!」な彼がいまして、僕は、なーんにも彼を援助した訳でもないのに、、その「耐えに耐え、忍びに忍んだ彼」のことを、一緒に喜んだり、誇らしく思ったりして、「あ、やば、ちょっとええ話っぽい!」とか思って楽しかったです。


ええ人たち






2008/05/04

地塩寮の総会に行ってきた(その3) 夢はカタリ派巡り



寮の総会で久しぶりに再会したゲンちゃん。恰幅が増したのに声や雰囲気は昔と全然変わってなくて、すまん、そのギャップに大笑いしてしまったよ。

彼は現在、フランス文学研究で飯を食ってる。

フランス語しか出来んで困ってる人など、裁判で同時通訳とかもしてるらしい。先日、韓国からSquatter (スクゥオッター)が来日してたとき、フラ語できる人をあれこれ探してたんだけど、しまったなぁ。ゲンちゃんが居たってよ。彼は日程さえ合えば、出来ることは協力してくれるって♪

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で、実は、僕には学生時代から夢というか、死ぬまでに見たい景色がありまして(1人ではさびしいので親友と一緒に、、)。それが南フランスの話でして。

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『らき☆すた』原作地を訪ねるファンと同じ、、、いや、どちらかと言うと、『ひぐらしのなく頃に』ユーザーが、間違って白川郷を訪問しちゃう状況に近いか、、、、と同じで、僕が長い間「あぁ、いつか行きたい行きたい、、」と周囲に漏らしている場所は、オック地方です。(「ラキスタ」も「ヒグラシ」もよく知らずに引き合いに出してすいません)

フランス、オック(ラングドック)地方。

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オックってどの辺?(googlemap)
大きな地図で見る


『サマー・アポカリプス』笠井潔 創元推理文庫

南フランスは Toulouse(トゥールーズ)~Carcassonne(カルカッソンヌ)~Montségur(モンセギュール)を舞台に繰り広げられる、「殺人事件」を中心に展開される探偵小説。夏のアポカリプス(黙示録)。笠井潔のカケルくんシリーズの2作目。シリーズを知らない人は、どうせなら、1作目の『バイバイ、エンジェル』から読むということでいかがでしょうか。3作目以降の同シリーズは、、、別に読まんでええと思います^^; 僕はかれこれ「バイバイエンジェル」も「アポカリ」も5,6冊ずつ買ったです、、。

息子の名前も、最初、リンゴにするかカケルにするか随分悩みました^^;

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作中、探偵役の矢吹カケル@元狼が、シモーヌ・リュミエール@ Simone Weil(シモーヌ・ヴェイユ) を問い詰めます。
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祈りとは
「・・・カタリ派の人びとは、この世界が悪で満ちていること、この世界には神が不在であること、この世界は兇悪な暴力と権力が支配する場所であることを熟知していました。祈りとは、存在しないものへの祈りなのです。悪に満ちたこの世界には神が存在しないが故に、そうであるが故に、神が存在すべきもうひとつの世界の実在が露になるのです。視えない世界、存在しない世界は、それへの祈り、絶望的な狂気じみた祈りのなかにだけその姿をちらりと現わすのです。・・・」

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「祈り」って何だろうな、って事を考えるときに、いつも、このシモーヌの台詞を思い出します。
昔は暗記してたんだけど、さすがに忘れてて、見直したよ、、。ヴェイユなら、もっと簡潔で明晰であっただろうな、とも想像します。

僕には信仰する対象や神は居ないんだけれど、あえて言うならば、太陽と共に生きたいと思って生きています。
僕は、モンセギュールや名のない古城を登り、そこからどんな太陽が見えるのか、網膜に焼付けたいんです。

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で、寮の総会で再会したゲンちゃんは、フランス生活6年の間に当然のように、ラングドックを巡り、美味いもんを食べ、古城を登ったそうでして。うらやまじい。とっても羨ましいです。

「ちょんひょん、ラングドックはパリとは違うよ」

パリも知らんけど^^; そうか、違うんですな。Catharisme(カタリ派)、Croisade des Albigeois(アルビジョア十字軍)の話をちょっとする。ゲンちゃんは、南フランス地方のイスラムの影響について語り、カタリ派のイスラムとの影響(?)について言うてはった。

カケルは、カタリ派を、キリスト教の範疇でとらえるのではなくミトラ教など古代オリエントの太陽信仰に結びつけたかったそうな。

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僕は済州島(チェジュド)の洞窟には、よう行かへん。沖縄の洞窟にも出来れば行きたくない。しかし、カタリ派が、言葉思想友人たちを奪われた場所には行ってみたいと思う。この辺の感覚はなんなんだろうなぁ。自分自身とテーマとの距離設定の問題なんかな。





2008/05/03

地塩寮の総会に行ってきた(その2) わく星学校@フリースクール



寮の総会で久しぶりに再会したコサちゃん。バイクで一緒に「丹波マンガン記念館」へツーリングしたことを思い出しました。

現在彼は、京都岩倉のフリースクール「わく星学校」という場所で子どもと生活してるそうな。

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啓子さん@母は僕を、「フリースクール」にすっごく入れたかったらしい。という話を何年か前に聞きました。

フリースクールと言っても実際よく知らないんだけれど、小さい頃読んだ『窓際のとっとちゃん』@黒柳徹子 に出てくる「トモエ学園」は、憧れのひとつでした。「行ける人(?)は、羨ましいなぁ」って当時は思っていました。

当事者でないがゆえに簡単に言えるんだけど、フリースクール運営とか、育児のためのスペース運営とかって、僕や若葉の憧れの「ど真ん中」やわぁ。僕に経済的な余裕があれば、「まかせとかんかい」って支援したいところなんですが。とりあえず、経済的以外のところで心情的に支援します^^;

で、「是非、学校に遊びに来てよ! 場所はウェブページに書いてるよ!」ということなんで、まず、ウェブを見に行ってみる。

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さっそく、地図のページを見る。
googlemap にて、岩倉駅より地図を頼りに進んでいくと、、、



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歩いてくるポイント
道から北の方を望むと小さな煙突のある青屋根の建物が見える。


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おぉ! 確かに「青い屋根の建物」が見えるぞ!!
付近には、他に青い屋根は無さげだし、多分これだろう。うむ。

google map上でも大した探検になりました。10数分は探検しちゃったぞ、おい。こりゃ本物も楽しそうな気配。

というか、これ、ほんとに辿り着けない人居るんじゃないのか? ^^;
地図を辿る指が、心細さに震えたよ!
是非とも次は、リンゴたちと一緒に、テクテク探検に行かねばなるまい。いつ行けるかなぁ♪





地塩寮の総会に行ってきた(その1) YMCA会館@ヴォーリズ設計



僕が学生時代にお世話になった地塩寮の総会に行ってきた。(正式には「京都大学キリスト教青年会定期総会」。正確に書くとネット検索に引っ掛かるので止めたほうがいいのかな? まぁ、今更ええか。) 僕は京都大学に在籍したことはなく、学外の特別会員とかそういう身分。僕の出身は京都の有名じゃないほうの国立、京都工芸繊維大学という理系な大学。

総会は毎年あるんだけれど、実は、OPになって参加したのは、多分初めて^^; す、すいません。

なぜ卒寮して15年も参加しないで、今更、、、という話もあるが、出席に特別な理由は無い。「来年の理事を引き受けられるか?」という話を現役に近いOPから最近受けまして、それを断り、「申し訳ないなぁ」という思いが理由のひとつ。あと、総会に行けば出会うであろう人の顔を思い、出席しました。(あと、現役の韓文研後輩から様子を聞かれていたのもあるけれど、それはまぁ、重要なんだけどメインの動機ではない)

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地塩寮は、いわゆる学生自治寮であり、生活する学生が中心になり寮を運営している。あと、現役と寮OPなどで構成する「理事会」ってのがあって、学生だけで判別できない領域などをフォローする。(理事会の定義付けは正確なところは違うと思うし、実際の機能も違うだろうけど、僕はそう思ってた。)

で、総会では、寮・理事会を中心とした1年間の報告と総括、質疑応答、収支予算の確認などを行った。

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京都大学YMCA会館(京都大学基督教青年会館)
ヴォーリズ設計


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寮の前にはYMCA会館という洋館が建ってる。古い建物で(1913年新築)、煉瓦造2階建の登録有形文化財。数年前に手を入れてキレイになった。設計は、William Merrell Vories(ウィリアム・メレル・ヴォーリズ)。

この2階ホールにていつも総会を行っている。今回もそう。

僕は地塩寮に3回生から6回生まで(1992~1995年)在籍してたんだけれど、実は、このYMCA会館には1回生(1990年)から在籍(?)していた。「会館使用団体」である「韓国文化研究会」のメンバーとしてだ。この韓国文化研究会というのは「在日韓国学生同盟 京都府本部」のフロントサークルの名称(言い方がアレだったらゴメンなさい)。

なので、総会の場である2階ホールにも、色々な思い出がある。15年前というけれど、去年までここで活動してきたかのような気分になる。当時は、ここで踊ったりピアノ弾いたり歌ったりしてました。

1970年代から様々な個人・団体がこの会館を利用してきたそうな。

僕が会館に居た 1990 年代当時に利用していたのは、、、

「京都・水俣病を告発する会」
「反原発めだかの学校」
「関西反弾圧連絡会議」(って名称だったね?、、、)
「韓国文化研究会」

などなど、あと、ホールを”定期的”に利用する個人・団体も複数いた。当時は、「モノクロームサーカス」が時々練習してたり、僕の友人が朝鮮舞踊の練習したり。また、短い期間ではあったが、僕と友人のキヨミ@生活主義者がピアノとヴァイオリンの練習をしてたり。楽しかった。

2008年5月現在、会館使用団体は「韓文研」と「反原発めだかの学校」の2団体。「京都・水俣病を告発する会」は 2007年4月に契約解約したとのこと。総会当日、京都水俣のコサちゃんにお会いしたけれど、詳しい話はバタバタして聞けなかった。「お金なかったから~!」と言うてはった。もうちょっと話を聞くべきであったなぁ。コサちゃん話は別でする。

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説教台にストーブ
まだ在ったよ♪


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社会情勢的に「景気はイイ!」とはとても思えない、「貧困」や「生存」といったプレカリアートな取り組みが各地で開催されてる昨今ですが、「税金」の財源話も、構造改革やら何やらでいろいろと耳に聞こえてくる。

法人格に対する税制も変わって(というか、法人格そのものが色々と、、、)、現在進行する「法人改革」の結果に寄れば、今まで受けてきた税制面での”恩恵”が無くなるかもしれん、という危機感が総会で話題になった。

実際は「危機感が話題になってた」ということではなくて、具体的な話があったが、ここでは、公益法人格な話は中心課題にならんので割愛。

とりあえず、地塩寮自身が学生自治寮を続けていけるか、会館使用団体が今のまま会館を使用できるか、状況しだい、こちらの取り組みしだいという現情勢であるということが確認された。(使用形態に関して占有はどうなんだ、とか)

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総会自身は、なんというか滞りなく、「色々大変ですなぁ」ぐらいの共通理解の雰囲気で、淡々と進行し、粛々と終了した。盛り上がらなかったという意味ではなく、話されるべき(?)ことが話されたという感じ。あとは、それぞれがんばれ、みたいな。

終了後、引き続き同じ会館2階ホールにて、懇親会。

総会に出席した大きな動機は、久しぶりに出会う友人の顔を見ることでしたが、いやぁ、出席して良かったよ。それこそ15年ぶりの人たちとの再会についつい笑顔になる。あんたも准教授、こっちも准教授! 僕と同世代の人々なんですが、そうか、助教授って廃止されてたんかい!?^^; 知らんかったよ。みんな優秀だなぁ。新しい理事を引き受けてくれはったニシオカさん、笑い声変わってないよね。うれしい。トモくんの変わらぬ腰の低さが笑けた。腰低いのにFXに手を出してるとか。ギャンブラーぶりにびっくり!

コサちゃん@わく星学校、ゲンちゃん@フランス帰りの話は別投稿にて。

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会館、道路側の入り口
多分、普段は閉鎖してる(?)


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懇親会で林先輩が言うてはりました。(僕の記憶)

「1969年から11年間、地塩寮、主自宅に居ました。当時は学生運動なども盛んで、大変な毎日でした。寮、会館にも色々な面々が集まってまさに梁山泊でした。いま、会館にいる団体はその名残(残骸?)です。

僕は東九条で、在日韓国朝鮮人のための高齢者事業をやってます。特別養護老人ホームの建設を進めています。
(中略)
これからも社会的弱者の力になる、共に生きていく人材が、たくさん、輩出されるような地塩寮であってほしい! そのために、望まれるなら持てる力を貸します!」

僕は次のような話をした(僕の記憶)。

「30年前の熱かった話を聞いて思い出しましたが、僕が過ごしたのは15年ほど前の1990年代前半です。ファイナルファンタジーで言うと5,6? 女子プロで言うと全女 VS LLPW 「北斗すげぇよ」とか言ってました。エヴァンゲリオンの放映を、他の寮生の部屋で毎週楽しみに観てました。

大学に入学したときは盧泰愚大統領来日で「来るな、帰れ!」とかやってて、北朝鮮が IAEA の核査察を受ける受けないでもめてました。日本の戦争戦後責任問題話が活発になったのも当時です。15年前も、おそらく30年前と同じように毎日熱かったです。激動の時代でした。
今は、建築設計事務所の所員をしています。アネハ以降書類も増えて大変です。景気の良さは感じることができませんが、京都ウトロの友人はすごいことになりました。”天皇”訪韓でクギリが付いちゃう前にすごいです! うちには子どもが2人、上が4歳で下が4ヶ月です。上の子を毎日保育園に連れてっています。もうすぐ下の子も保育園デビュー。妻と送迎やら何やらどきどきしています。下の子は今は、全く僕になつきません! 朝から晩まで大変です。誰か泣いてます。激動な日常を送っております。
30年前も、15年前も、現在も、いつでも激動です。今の現役さんに対しては、「激動の時代をともに生きて行きましょう。どうぞよろしく!」と自己紹介したい気分です。
時代情勢や法人化やらで寮も会館も大変ですが、これまでも激動でした。これまでもこれからも激動のなか一緒に頑張りましょう。僕も出来ること手伝います」

僕の記憶はいい加減なので、違ってたらごめんなさい。

林先輩は、僕が学生時代に大きな影響を受けた一人でして、お会いしたのは多分数度なんだけど、その中でアナキスト的な民族運動のあり方(?)と言うようなテーマを深めることができました。僕の周りで還暦過ぎてから事業を起こしたり、勉学に勤しんだり、第○の人生をエネルギッシュに謳歌する年配の人々ってのが割りとおるんですが、林先輩もその一人です。ごっつい優しいし、ごっつい熱いわ。

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さて、ええ時間を過ごさせてもらいました。懇親会終了後の、近いOPの飲み会にも参加したかったなぁ、、。 まぁ、リンゴたちが家で寝てるので、家路へ急ぎました。帰りの京阪電車の中で、何度も「思い出し笑い」をしました。


イワノ、長い時間、理事おつかれさまでした。これからもよろしくね^^;